パニック障害、うつ病、発達障害──。隠れ精神病大国と呼ばれる日本だが、精神病患者の数自体は、アメリカなどと比べると少ない。その一方で、自殺率は先進国の中でも最悪レベル。そんな日本の現状を変えるべく、人の“心”を救おうとする精神科医・弱井幸之助の奮闘を描いた漫画『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』が8月31日からNHKにてドラマ化される。注目作の原作を務める七海仁さんに漫画制作の裏側を聞いた。(前後編の前編)
漫画原作デビューが大ヒット作に!
――この漫画を手掛けるまでの、七海さんのキャリアを教えてください。
七海仁(以下同) アメリカの大学院でジャーナリズムを学び、帰国後は日本の通信社に勤務していました。その後、出版社で英文誌の編集長を経て、5年前に初めて漫画原作者として『Shrink』の連載を始めました。
――原作者デビューが『Shrink』とはすごいですね。なぜ、精神医療をテーマにしようと?
家族が精神疾患を患ってもう10年以上になるんですが、その間「どうすれば、この病はよくなるんだろう」「病院以外に協力を得られる場所はどこだろう」といろいろ調べたことを、家族会でお話ししたりしていたんです。家族会が終わってから、「さっきお話ししていたこと、詳しく教えてください」と行列ができることが何度もあって、なぜこんなに当事者や家族に、必要な情報が行き渡らないのかなと思っていました。
たぶん、世間的に精神医療のことを話すのは恥ずかしいことで、精神科に通うことは弱い人間のやることだと思われている。だから、当事者やご家族の方が表立って情報交換をしないんじゃないかと思いました。その状況は変えたほうがいいだろうというのが、この作品を書こうと思った理由のひとつでしたね。
――作画の月子先生とはどのようにマッチングしたのでしょうか?
そこは編集部主導です。何人かの方にコンペで描いていただいたそうですが、同じシナリオでも作家さんによってまったく違っていらっしゃって。なかでも、月子さんはページ数が一番多くて、柔らかく優しいタッチで描かれていたので、精神医療という難しいテーマを扱うのに、いいんじゃないかというお話になったと伺いました。
――シナリオを書くときに意識していることはありますか?
取材先の方々に対して失礼のないよう、また、しっかりお話ししていただけるよう、まずは私自身が勉強をすることです。取材を重ねて得た知識や情報は、原作にする段階で載せられるのは2割程度で、残る8割方をいったん捨てなくてはいけません。やはり、その取捨選択が非常に難しいところですね。
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主人公の精神科医・弱井の名前の由来とは
――難しいテーマの作品は、得てして説明調になってしまいますよね。
そうなんですよね、あまり説明が長いと、どうしても漫画としては面白くなくなってしまいます。だから、いかに知識をしっかり見せながら疲れずに読んでいただけるかは、かなり意識しているところです。
あとは、精神医療をテーマにしているので、なにより当事者の方を傷つけてはいけないし、読者の方を不必要に戸惑わせたり、病に対して余計な誤解を生んだりしてはいけません。ですので、症状を大げさに描いたりせず、できる限り正しい医療知識や、現在のデータをベースに書くようにしています。
――とはいえ、劇中のセリフにはインパクトが強いものが多いです。これらのセリフはどう考えているのでしょうか。
医療従事者や支援職の方々を取材した際にヒントをいただくことはたくさんありますし、もちろん当事者の方から実際の言葉としていただくこともあります。それらを、読者の方々やその周りの方たちの体験と、どう繋げて身近に感じてもらえるかということを意識しています。
――エピソードごとに登場するキャラクターもとても魅力的です。シナリオの時点でかなり固めているのでしょうか。
シナリオを月子さんにお渡しするときに、性格の特徴をできるだけ挙げたり、外見のイメージについても俳優や有名人の方をモデルとして提案したりします。それをもとに月子さんがさらにイメージを膨らませて素敵なキャラクターを作り上げてくださっています。
――それ以外に、月子先生にリクエストしてることはありますか?
ネームの段階で一番修正をお願いすることが多いのは表情だと思います。表情からキャラクターの症状や感情がどんな状態なのかをなるべく見せたいと思っているので、細かいお願いをさせていただくことがあります。
――特に、主人公である精神科医の弱井(幸之助)先生は、優しい雰囲気がとても魅力的です。「弱い」という特徴的な名前をつけた理由はありますか?
アイコンとしてわかりやすい名前にしたいなと思いました。この企画を立てたときに考えていた「弱いことは悪いことではない」、「弱いからといって精神疾患にかかるわけではない」ということを伝えたかったのと、弱井自身が多くの知識を持つスーパードクターな一方で、片付けが下手だったり、悲しい過去を持っていたりして、彼自身も不完全な人間だということを大事にしたくて「弱井(い)」という名前にしました。