人類が最初のトリニティサイトの核爆発。ここから新たに準結晶が発見された。 / Credit:en.wikipedia,United States Department of Energy

1945年7月16日、米国ニューメキシコ州アラモゴードで、人類初の核実験が実施されました。

このとき、当時の人達にはまだその存在を発見すらされていなかったある物質が生成されていたようです。

米国ロスアラモス国立研究所の研究チームは、トリニティ実験の跡地から、核爆発で形成されたと考えられる、これまで知られていなかった二十面体準結晶を発見したと報告しています。

準結晶という単語に馴染みのない人も多いかもしれませんが、これは一見3次元空間では実現不可能に見える、高次元的な特殊構造を持つ結晶です。

研究の詳細は、2021年5月に科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載されています。

目次

人類初の核爆発 トリニティ実験高次元構造の結晶? 準結晶とはなんなのか歴史上初めて誕生した人工準結晶

人類初の核爆発 トリニティ実験


トリニティ実験の28時間後の爆心地の航空写真 / Credit:Federal government of the United States,Los Alamos National Lab

トリニティ実験とは、マンハッタン計画の仕上げとして実施された人類初の核実験で、1945年米国内にあるトリニティサイトと呼ばれる場所で実施されました。

このとき実験に使われたのは、日本の長崎に投下された通称「ファットマン」と同型の爆弾でした。

この実験の数週間後、完成した核爆弾は広島・長崎に投下されることになります。

爆発の規模については、研究者たちも正確に予測できておらず、何起こらない不発に終わると予測するものから、地球全体が焼き尽くされると予測するものまでありました。

もちろん、地球規模の被害は事前に否定されていましたが、実験に参加していた論理物理学者のエドワード・テラーは、爆発を見て「こんなもんか」と落胆したともいわれています。

トリニティ実験を映したフィルム/Credit: U.S. Department of Energy,en.wikipedia

テラーは落胆したようですが、この核爆発は実験場にあったさまざまなものを溶かし蒸発させ融合させました。

実験場の砂漠の砂は溶けて、トリニタイトと呼ばれる薄い緑色のガラス状の物質となって地面を覆いました。


実験後から見つかったトリニタイト / Credit:en.wikipedia

しかし、ここで形成されたトリニタイトは1種類ではありませんでした。

核爆発で溶けたのは、砂漠の砂だけではなく、爆弾の乗せられていた鉄塔、張り巡らされていた銅線も同様でした。


実験用の鉄塔の上に設置された核爆弾。隣に立っているのは爆弾組み立て班のリーダーノリス・ブラッドベリー。 / Credit:Federal government of the United States,en.wikipedia

それらがすべて溶け合って融合した赤いトリニタイトもあるのです。

今回の発見された未知の物質は、その赤いトリニタイトのサンプルに含まれていました。


赤いトリニタイト。これは核爆発で溶けた砂、銅線、その他の破片の融合で形成されている。 / Credit:LUCA BINDI AND PAUL J. STEINHARDT

このサンプルの中の、直径わずか10マイクロメートルの粒子の中に、二十面体準結晶という異常な構造が形成されていたのです。

準結晶という言葉に聞き覚えのない人も多いかもしれませんが、これは世界中の学者たちを驚かせた高次元構造の結晶なのです。

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高次元構造の結晶? 準結晶とはなんなのか

準結晶は1984年に発見された全く新しい形態の固体のことです。

通常の個体は、結晶かアモルファス(非結晶)でできています。

結晶というのは、規則的なパターンで周期的に原子が格子状に結合したものを指し、多くの固体はこの結晶です。

アモルファスは(非結晶)はそうした規則的なパターンや周期性のない結びつきをした固体のことで、ガラスはアモルファスの1種とされています。

ガラスは固体でもなく、液体でもない特殊な状態の物質だという話を聞いたことのある人も多いでしょうが、それはガラスがアモルファスであるためです。

しかし、準結晶はこの結晶ともアモルファスとも異なります。

では準結晶のなにがそんなに特殊なのかというと、その結晶構造には規則性はあるものの、周期性がないのです。

その意味するところはすぐには理解しづらいので、少し例をあげて説明していきましょう。

下の図は、準結晶の特殊な構造を示す例の1つで、ペンローズ・タイルパターンと呼ばれるものです。

この図は緑と青の2種類のひし形が組み合わされて作られていて、星型のような模様が所々に見えますが、周期性というものを見つけることはできません。


ペンローズ・タイルとして知られる規則性はあるのに周期性はないパターンの例。準結晶はこのアイデアの3次元ヴァージョンになっている。 / Credit:en.wikipedia

その原因は、この図形が5角形を基本として作られているためです。

あるパターンが周期的に繰り返されるためには、並んだパターンが空間を隙間なく埋める必要があります。

このためには、基本となる図形は、3角形、4角形、6角形をつなげていく必要があります。これらの図形を並べた場合、平面は隙間なく埋めることができます。

しかし、5角形ではそれができません。必ずどこかに隙間ができてしまうのです。

下の図は上のペンローズ・タイルパターンの中心に5角形の補助線をいれたものです。これを見ると、このパターンは補助線の位置でズレてしまっているのがわかると思います。


ペンローズ・タイルパターンに五角形の補助線をいれた画像 / Credit:東京大学物性研 佐藤 卓,KEK

ここで何が言いたいのかというと、5角形で作られた結晶構造というのは理論上ありえないということです。

ところが準結晶は調べると5回の回転対称性が見られるのです。

これはつまり理論上作り出せるはずがない、ペンローズ・タイルパターンの3次元バージョンで準結晶ができていることを意味しています。

あまりに奇妙なため、準結晶を初めて報告したダニエル・シュヒトマンの論文は、初投稿では論文誌への掲載が認められなかったほどです。

しかし、準結晶は現在は確かに存在するということが認められていて、シュヒトマン氏は2011年に「準結晶の発見」という功績によってノーベル化学賞を受賞しています。

では、理論上ありえない立体構造を、どうして準結晶は作り上げることができるのでしょうか?

準結晶は現在もいろいろと研究されていますが、現在の理解の仕方はこれが非常に複雑な多面体が輻輳して空間を綺麗に埋めているからだとされています。

この3次元的な入れ子構造が、本来3次元空間では実現の難しいパターンを実現しているというのです。

そうはいっても多くの学者から否定されていたように、これは3次元的には形成が困難な信じられないくらい複雑な構造です。その複雑さから、準結晶の存在は、世界に私たちが認識できていない余剰次元の構造がある証拠なんじゃないかと考える物理学者もいます。

ただ少なくとも正二十面体準結晶は、三次元空間において、ほとんどの結晶よりも優れた長距離の秩序を持っており、自然に形成される結晶構造の1つであることは確かです。

いずれにせよ準結晶は天然にはまず見られない、非常に特殊な物質です。

そして、今回の研究に戻ります。

今回報告されている赤いトリニタイトから発見された物質は、天然の結晶にはありえない5回の回転対称を持っていました。

つまりこれは人類が作り出した最初の準結晶だったのです。そして、その特殊な組成には、起源の瞬間を示すタイムスタンプが刻まれていたというのです。