1鉢で億超え。ナイキやベンツから依頼殺到の盆栽界カリスマ・小島鉄平とは何者か。

盆栽の“発信”はブルー・オーシャンだった

——そこからなぜ、盆栽を仕事にしようと思われたんでしょうか。

アパレルの仕事をしながらも、趣味で盆栽を育てていたんです。本格的な盆栽ではなく、2,000円、3,000円くらいの安価なものですけどね。

29歳のころ、バイヤーとしてさまざまな国へ買い付けに行く中で上海を訪れた時、あるアパレルショップに盆栽が飾ってあって。でもそれは、“引き算”の美学がない、ただ鉢に植えた樹で、中にはカラーリングされたものもありました。若い店員が「盆栽だよ。すごいだろ?」と自慢げに見せてくれましたが、ぼくが携帯電話に入っていた日本の盆栽の写真を見せると、「なんだこれは?」と唖然としていました。


小島さんによると、盆栽の元となった「盆景」「盆山」は中国発祥。その後、日本人が「鉢の上に自然美を」と始めたのが「盆栽」なのだという

上海ではほかのアパレルショップも回ったんですが、複数の店舗で上記と似た出来事があって。盆栽が海外で“寿司”と“カリフォルニアロール”くらい別物として扱われてしまっていることに違和感を抱いたんですね。

盆栽って、長いものだと樹齢300年にも400年にもなるんですよ。その歴史の中に、一人ひとりの持ち主が毎日水をやり、丹念に世話をしてきたストーリーがあるからこそ風格が出ると思っています。

ホテルに戻ってからもその違和感について考えていると、「盆栽で、若者向けのオリジナルブランドをつくったらどうだろう?」と思いついたんですね。そこからはもう盆栽のことしか考えられなくなり、帰国してすぐアパレルの仕事から離れました。

——「アパレルショップを開く」という夢を実現したにもかかわらず、一瞬で思考が切り替わったのですね!

ぼくは挑戦心が強いタイプで、「やりたい」と思ったら迷わず行動するんです。ただ、後先考えないのとは少し違って、行動する時には自分の中に根拠があります。

盆栽のアイデアを思いついた時、「これはブルー・オーシャンだ」と思いました。

日本の盆栽の歴史は長いけれど、それを20代・30代の若者向けに発信している人はいない。若者とトラッドマンズが一緒に成長すれば、その若者が40代・50代になってもファンでいてくれるはずだ。絶対に成功する、という確信があったんです。

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自分にしかできない方法で、日本の伝統文化を広める

——そこから、どう行動されたのですか?

ぼくには盆栽を手入れするプロの腕前はなかったので、植木職人の友人を誘って3人のチームをつくり、盆栽を売り始めました。

事前にPRしたこともあって、売れ行きは良かったんです。ただ、盆栽を仕入れるために、盆栽士や盆栽業者が集まる販売所へ行くようになると、ぼくがこんな(全身にタトゥーの入った)見た目をしていることもあり、あまり歓迎されていない空気を感じたんですね。

日本の盆栽業界はまだ、新しいものを受け入れる体制が整っていないと感じました。それを痛感し、次に3人で、上海で盆栽を売ることにしました。現地の市場で“原石”になりそうな樹木を購入して、路上で、ライブパフォーマンス形式で盆栽に仕立て上げて販売する。すると人だかりができて、何十個という盆栽が売れました。

この経験でとても自信がつき、「もう一度日本でやってみよう」と、34歳の時、盆栽とアメリカのストリートカルチャーを融合したTRADMAN’S BONSAIのブランドを立ち上げたんです。

幼少期から自分で生きていかねばならない環境で常にサバイブしてきた中で、アメリカのストリートカルチャーから学び、支えられたからです。


リース事業を始めるとラグジュアリーブランドから依頼が詰めかけ、2016年に株式会社を設立した

——小島さんは盆栽プロデューサーとして活躍されていますが、なぜ、盆栽職人を目指さなかったのですか?

盆栽の世界には、6年間師匠の元で住み込み(無給)で修行をして、師匠に認められ初めて職人になれるというセオリーがあります。ぼくには妻と子どもがおり、現実的にそれが困難だったのもありますが、一番は、日本にはすでにベテランの盆栽職人の方々がごまんといらっしゃるからです。

そうした方々に「技術で勝ろう」という考えはありませんでした。それよりも、ぼくにしかできない「センス」や「魅せ方」に重きを置いて、盆栽を仕事にしようと思ったんですよね。

たとえば、ぼくは盆栽において「空間を演出する」ことを大切にしています。ライティングや配置の仕方で、その盆栽が持つストーリーを魅せていく。昔からインテリアに凝ったり、洋服のデザイン画を描いたりするのが好きだったことが活きていると思います。

——自分にしかできないことを追求した結果、世界中から注目されるようになったのですね。最後にそんな小島さんから、自信が持てずに新たな一歩を踏み出せないでいるはたらく若者にメッセージをいただけますか?

一番伝えたいのは、「行動しないと何も始まらない」ということです。

実は、現在14人いるトラッドマンズの社員は、ぼくが募集したわけではありません。突然履歴書を送ってきたり、展示会場に履歴書を持参したり、「はたらかせてください」と電話かけてきたり……、そうした“アクションを起こした人間”が全国から集まっているんです。

彼らは皆、うちで「はたらきたい」と思って自ら行動した。だからこそ、ぼくはリスペクトして「面接がしたい」と思いました。つまり、彼らが何もしなかったら、ぼくが彼らと一緒にはたらくことも、彼らの人生が変わることもなかったんですよね。

人生は一度きり。やりたいことをやるべきだとぼくは思います。

(文:原 由希奈 写真提供:TRADMAN’S BONSAI)