ホヤは物理刺激により大人になる。しかし大人になると脳がなくなる / Credit:慶応大学

ホヤには押すと大人になる「大人スイッチ」があるようです。

2月17日に『Proceedings of the Royal Society B』に掲載された論文によれば、ホヤの幼生の「鼻先」に、一定時間以上の物理的な刺激を与えることで、大人にできるとのこと。

地球上にはさまざまな変態をおこなう生物が存在しますが、物理的刺激がトリガーとなる例は珍しいといえます。

しかし、いったいどうして機械的な刺激が、ホヤを大人にするのでしょうか?

目次

ホヤには「大人スイッチ」があると判明機械的刺激がカルシウムイオン濃度の変化につながるホヤの変態は脱脊索動物化

ホヤには「大人スイッチ」があると判明


ホヤは幼生期は遊泳しているが、大人になると固着生物になる / Credit:慶応大学

海にはフジツボやイガイなど、海底や浜辺の岩に固着しながら生活している動物が数多く存在します。

しかしそれら固着型の生物の多くは、幼生の頃、遊泳しながら生活しており、成体とは大きく外観が異なっています。

例えばフジツボは、かつては貝の仲間だと考えられていましたが、遊泳中の幼生を捕獲して調べた結果、エビやカニの仲間である甲殻類の一種だということが明らかになりました。

また同様に固着型の生物として知られるホヤも、一見すると貝やナマコの仲間に見えますが、遊泳中の幼生の形態をみると、私たち人間と同様の中枢神経を備えた脊索動物の一種であることがわかります。

このように、幼生から成体への変化は時に、分類を見失わせるような、劇的なフォームチェンジ(変態)を含みます。

しかし、これまでどのような仕組みで変態が開始されるかは、よくわかっていませんでした。


ホヤは大人になると脊索と脳を失う / Credit:wikipedia

そこで、日本の研究者たちはホヤの変態について調べることにしました。

ホヤは幼生の時にはオタマジャクシのように尾を振って泳ぐ脊索動物としての特徴を持ちますが、頭部にある付着器が海底に固着すると尾を失い、同時に脊索や背中の神経、脳なども消滅して全く別の生物のような形に変態していきます。


ホヤの幼生を固定し、ガラス棒で付着器を刺激する / Credit:慶応大学

今回、日本の研究者たちは、この劇的な変態が、頭部に存在する付着器に対する物理的な刺激がトリガーとなっていることを発見しました。

付着器を刺激することで、研究者たちは自在なタイミングでホヤを大人にすることが可能になったのです。

しかし、どのような仕組みで物理的刺激が、変態というドラマチックな過程に繋がっていったのでしょうか?

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機械的刺激がカルシウムイオン濃度の変化につながる


物理的な刺激が加わると、カルシウムイオンの二段階(Ⅰ・Ⅱ)の濃度上昇が起きた / Credit:慶応大学

鍵となったのはカルシウムイオンでした。

カルシウムイオンは外部からの刺激を細胞内部へと取り次ぐ、メッセンジャーとしてはたらくことが知られており、ホヤの変態にも大きくかかわっているのではないかと疑われていました。

しかしホヤの幼生は成体とは異なり、尾を振って泳ぐ能力があるために、付着の瞬間を含むカルシウムイオンの流れを観察することは困難でした。

そこで研究者たちはホヤの幼生を、細胞を接着させる効果を持った分子(ポリリジン)を用いてホヤの幼生をシャーレの底に固定。

そして付着器をガラス棒を使って刺激してみました。

すると、付着器においてカルシウムイオンの濃度が二段階にわけて上昇する様子が観察されました。

一段階目のカルシウムイオンの増加は、機械刺激の直後に、付着器と内部の腸にあたる組織で短い間みられました。

また、二段階目のイオン増加は一段階目と同じ場所(付着器と腸)でみられましたが、こちらは数分間の間、持続的に観察されました。

この結果は、ホヤの付着器に対する物理的な刺激か、細胞内部から核へとつながる複雑な反応の、最初の1手であることを示します。