本書は京極夏彦の小説家デビュー30周年を飾る長編ミステリーである。しかも「葉不見冥府路行」という副題が示すように、歌舞伎のために書き下ろされたもの。松本幸四郎や中村勘九郎、中村七之助によって、8月、歌舞伎座で上演された。

 作事奉行・上月監物の屋敷の奥女中、お葉。材木問屋、近江屋の娘の登紀。そして口入屋、辰巳屋の娘の実祢。3人の女たちそれぞれの前に、美しい男が現れる。男は萩之介。曼珠沙華をあしらった柄の着物姿だ。彼岸花とも地獄花とも、あるいは火事花とも呼ばれる曼珠沙華が、物語全体のイメージを支配している。

 萩之介の登場に女たちは恐れおののく。なぜなら萩之介は彼女たちが自分の手で殺した男だったからだ。 萩之介は女たちを籠絡し、もてあそんだ。二股ならぬ三つ股である。もっとも、女たちも純情な生娘ではない。夜な夜な男を買って遊ぶような放蕩娘。しかし、自分がもてあそばれたと知った女たちは、共謀して萩之介を殺した。毒を盛り、縛り上げ、刀で刺し、堀に投げ込むという念のいった手順で。

 ならば、現れた萩之介は幽霊か、それとも生き返ったのか。何が目的で現れたのか。女たちはパニックになる。そのあげく、お葉は寝込んで虫の息に。実祢は錯乱して父を殺して逐電。登紀は父と共に火事に巻き込まれて死ぬ。

 女たちの実家、近江屋と辰巳屋は悪い噂が絶えない大店である。例えば近江屋は、火付けで財をなしたと囁かれている。放火で材木需要を起こして儲けたというのだ。建築需要が高まれば、現場への人材斡旋で辰巳屋が儲かる。そして土木行政を司っているのは作事奉行の上月監物だ。3人は現代でいうなら建築資材会社と人材派遣会社と国交省役人みたいなもの。汚職のトライアングル。その娘や女中が、萩之介という男でつながっていたという構図なのである。

 近江屋と辰巳屋が悲惨な死に方をして、次は自分の番かと怯える上月監物。娘の雪乃を屋敷の奥に隠すが、実際は座敷牢も同然。もちろん食事や着替えなど身のまわりの世話は女中たちが手厚く行う。だが部屋から出ることは許されない。ほとんど監禁である。

 そこに謎を解くべく登場するのが武蔵晴明神社の宮守、中禪寺洲齋という男である。自分は憑き物落としの拝み屋なのだというこの男は「百鬼夜行」シリーズの主人公、京極堂こと中禅寺秋彦の曾祖父なのである。京極堂と同じく「この世には摩訶不思議なことなどございませぬ」と言う。

 後半は中禪寺洲齋による憑き物落とし─謎解きである。3人の女による萩之介殺害の真相と萩之介の意外な正体が明かされる。そして上月監物と近江屋、辰巳屋がかつて犯したグロテスクな罪と、その結末についても明かされる。舞台化を前提にしているからか、いつもの京極夏彦よりもさらにテンポがいい。一気に謎が解き明かされる快感をどうぞ。

《「狐花 葉不見冥府路行京極夏彦・著/2310円(KADOKAWA)》

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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