暗黒物質の存在根拠に打撃、暗黒物質は「エーテル」と同じ運命か? / Credit:Matthew Kapust/Sanford Underground Research Facility

暗黒物質の探索は最終章に入りつつあるようです。

アメリカのサウスダコタ州にある超高感度暗黒物質検出器「LUX-ZEPLIN(LZ)」を擁する研究チームによれば、暗黒物質の最有力候補とされる「WIMP」の探索を280日間に及び行ったものの、何ら痕跡もみられなかったと発表されました。

暗黒物質は宇宙の質量の85%を占めると推定されており、現在の物理学の理解は暗黒物質が存在することを前提に成り立っています。

研究チームのスポークスマンは「諦めるのはまだ早い」とする一方で、今ある検出器LZによる探索と、計画中の次世代検出器のXLZDによる検出の両方が失敗した場合「WIMPは終わりだ」とも述べています。

暗黒物質はかつてのエーテルのように否定されてしまうのでしょうか?

研究内容の詳細はTeV粒子天体物理学会議とLIDINE会議の2つの物理学会議で発表されました。

目次

暗黒物質を探す試みは全て失敗しているWIMPの否定は新理論の夜明けに繋がる

暗黒物質を探す試みは全て失敗している

暗黒物質は、数多くの天文学的観測を説明するための「説」として想定されています。

この説によれば、暗黒物質は宇宙の質量の85%を占めており、宇宙の中で質量の集中する銀河や星団のような場所には特に高密度で存在するとされています。

また暗黒物質による重力は、銀河の中を巡る星々が遠心力で外側に飛び出てしまうのを防いでいると考えられています。


暗黒物質を探す試みは全て失敗している / Credit:Canva . 川勝康弘

また一部の研究では、豊富に存在する暗黒物質をエネルギー源にした「暗黒星」が存在する可能性についても言及しています。

しかし肝心の暗黒物質の正体については謎に包まれていました。

暗黒物質の「暗黒」の部分は、この物質が光や通常の物質とはほとんど相互作用せず検出が非常に困難であることに由来しています。

ただ全くアテがなかったわけではありません。

1980年代以降の40年に及ぶ理論研究により、暗黒物質の最有力候補は「WIMP」であると予想されていました。

WIMPとは超対称性理論の考えとして提唱されている粒子です。

超対称性理論では宇宙の物質を構成するあらゆる基礎粒子には、その対称となる粒子が存在すると考えており、WIMPはその中でも最も軽く、その質量は水素原子の10倍から1000倍と考えられています。

また理論通りならWIMPは極めて弱い核力によってのみ通常の物質と相互作用し、1平方センチメートルの断面を毎秒およそ10万個のWIMPが通過していると考えられていました。

そのため十分な感度を持つ検出器ならば、その存在を観測できると考えられていました。

しかし既存の検出の試みは全て失敗しており、WIMPの存在を疑う声も出始めています。

そこでアメリカでは、これまでで最も高感度な検出器としてLUX-ZEPLIN(LZ)が建設されました。

LZはマイナス98℃まで冷却された7トンの液体キセノンに満たされた巨大容器と494個の光センサーから構成されており、放射線から保護するため地下1.5kmに設置されています。


理論通りならばWIMPはマイナス96℃のキセノンと相互作用するはずです / Credit:Status of the LUX-ZEPLIN Dark Matter Experiment

WIMPが理論通りの性質を持つならば、上の図のようにキセノン原子核に衝突した時に光を放出するはずだからです。

LZは2022年に初のデータ取得フェーズを完了し、現在においても探索が続けられています。

しかし2024年8月26日に発表された報告によれば、280日間の探索でも、WIMPが全く検出できなかった、とのこと。

さらに衝撃的だったのは、今回の調査によりWIMPは高い確率で、水素原子の10倍を超える質量ではないことが示されたことにあります。

先に記した通り、これまでWIMPの質量は水素原子の10~1000倍であると考えられていました。

そのため今回の結果は、これまでWIMPの可能性があると提示されてきた粒子や、関連する多くのアイディアを否定することになりました。

その中には宇宙には水素原子の10倍以上の重い暗黒粒子の対消滅で発光する「暗黒星(ダークスター)」が存在するとするアイディアも含まれています。

(※水素原子の10倍以下の軽い暗黒粒子で構成された暗黒星の可能性はまだ否定されていません)

ただLZチームのスポークスマンは「諦めるのはまだ早く、今回の結果によって暗黒物質の性質についてさらに厳しい絞り込みができるようになった」と述べると共に研究結果について「もしWIMPが魔法の魚ならば、私たちはこれまで海の75%を探索したことになる」と例えています。

さらに「暗黒物質を見つけられないことに関して私たちは世界一だ」と前向きなコメントを残しました。

というのも物理学の分野において「○○をみつけられないことに関して世界一」というような測定感度に関わる皮肉は、必ずしもネガティブなものにはなり得ないからです。

たとえば重力波の測定において近年大きな成果を上げているLIGOもかつては「重力波以外ならなんでも検出できる測定器」と、その高感度について皮肉を込めて呼ばれていました。

研究者たちは今後2028年に終了するまで合計1000日間の観測を行う予定です。

また現在、LZを遥かに上回る性能を持つ次世代検出器XLZDのプロジェクトも計画されています。

では、それでもWIMPがみつからなかった場合、どうしたらいいのでしょうか?

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WIMPの否定は新理論の夜明けに繋がる

WIMPがみつからない場合、それは何を意味するのか?

答えの1つとして、暗黒物質には複数種類が存在しており、これら隠れた領域にいる粒子には既存の常識にない力や相互作用を行っている可能性があげられます。

そのため既存の理論的で予想される1平方センチメートルあたり毎秒10万個の暗黒粒子が通過するという前提そのものが崩れ、キセノンを利用した検出方法の有効性が大きく低下するでしょう。

このような複数の未知の粒子は、通常の物質とかかわることなく独自に暗黒核や暗黒原子を生成し、見えない世界を形作ると考えられます。

あるいはWIMPに次いで有力と考えられていた、電子の1000億分の1という軽い質量を持つ粒子「アクシオン」や超対称性理論において重力の超対称パートナーとして予測されているグラビティーノの可能性も高まるでしょう。

あるいは、修正ニュートン力学(MOND)など暗黒物質への依存度が低い新理論の正しさが証明されるかもしれません。

通常のニュートン力学では、距離が遠くなるにつれて重力が同じペース(距離の2乗の反比例)で減少していくと考えられています。


修正ニュートン力学を使えば暗黒物質への依存した説明をある程度回避可能です / Credit:clip studio . 川勝康弘

一方、修正ニュートン力学(MOND)では遠距離においては、重力の弱まるペースが遅くなり、想定していたよりも多くの影響を及ぼすと考えています。

この理論が正しければ「銀河外縁の星々が遠心力で銀河の外に飛び出してしまわないのも銀河中央にある超大質量ブラックホールの重力が、銀河外縁で想定よりも強いからだ」という結論になり、暗黒物質による重力の影響をかなりの程度、排除可能です。

実際2024年に行われた研究では、連星の動きについて暗黒物質の理論と修正ニュートン力学の対決が行われ、修正ニュートン力学の優位性が示されました。

これまでの科学史において、既存の理論が観測によって否定されるときには、常に新理論が現れ大きな飛躍をもたらしました。

ニュートン力学からアインシュタインの相対性理論への飛躍、古典物理学から量子力学への飛躍などがいい例でしょう。

暗黒物質としてのWIMPの否定、あるいは暗黒物質そのものの否定は、今後どんな新理論をもたらすのでしょうか?

参考文献

Does dark matter exist? World’s most sensitive detector LUX-ZEPLIN fails to find WIMP particle
https://www.abc.net.au/news/science/2024-08-27/dark-matter-lux-zeplin-wimps-physics/103581842

元論文

Status of the LUX-ZEPLIN Dark Matter Experiment
https://indico.uchicago.edu/event/427/contributions/1325/

ライター

ナゾロジー 編集部

編集者

ナゾロジー 編集部