バイク少年の楽屋事件簿その1【楽屋あいさつ事件】

「ヒィア!ススス!ブンブン!ルェツゴ!!オマター!」

独特の、奇声ともとれるギャグ?をネタ中に連呼している彼の名前は、バイク川崎バイク。通称BKB。

人によっては「バイク」だとか「ビーちゃん」だとか「ビー」だとかその呼び方は様々。

ちなみにBKBは今年2024年に、芸歴20周年をむかえた。ベテランとまではいかないが、そこそこの芸歴の自覚は本人もある、The中堅ピン芸人だ。


出典: FANY マガジン

この日もBKBは、JR新宿駅の東南口を降りてすぐのよしもとの常設劇場『ルミネtheよしもと』で、ネタライブを控えていた。約500人の客が入るこの劇場は、大阪のなんばグランド花月につぐ大きな箱だ。

余談ではあるが、ある程度の芸歴と経歴などがないと、ルミネには立つことはできない。

若手には若手の劇場、地方には地方の劇場、様々な劇場があるのが吉本のいいところではあるが、その劇場すらも実はオーディションに勝ち上がるなど、誰でも自動で出られるわけではなく。マンモス会社特有の光と影はいつもそこにあった。

とはいえ、劇場に立てる者たちは誇りをもって皆、鍛えてきたネタ、あるいは鍛えたいネタを存分に放ち、日々、来客を沸かせられるよう切磋琢磨している。

前置きが長くなったが、早い話がルミネという劇場は『ある程度の芸歴』の者も出演するため、当然BKBより先輩の芸人も多数存在している。

この日の香盤も、COWCOW、トレンディエンジェル、フルーツポンチ、ロングコートダディ、ゆにばーす、ぼる塾、そして当該のBKBと、多種多様なレパートリーにとんだ芸人が揃っていた。

少し早く楽屋に到着したBKBはスマホをいじりながら、「スマホがない時代はこの時間はなにをしてたんやろ?てかそんなことすらもう誰も意識していない……?これが時代の移り変わりの狭間ってやつか。ふふ」と、まるで真理でも発見したかのような表情を浮かべながら、誰もが一度は思うベタな考えを得意気に反芻していた。 

そうこうしていると(別になにもしていないが)続々と芸人が楽屋にやってくる。

ネタ出番の30分前が入り時間のため、時間差はできる。早い出番の者は早く、その逆もまたしかり。

BKBと比較的仲の良い、芸歴も一年だけ後輩にあたるフルーツポンチ村上が、BKBのいない隣の楽屋に入っていく気配を感じた。

これはだいたいの芸人のあるあるだが、後輩なら自分からあせって挨拶にいくこともない、後ですれ違ったら挨拶しよう、という考えになる。

もちろん後輩だから挨拶はしない、ということはない。あくまで「後でいいか」だ。

しかし、村上が入っていったその楽屋に、少し遅れてCOWCOWの多田が入っていく気配も確認したBKB。

こうなってくるとさっきの理論は一気に反転する。

BKBより10年ほど芸歴も上で、30周年もむかえた大先輩COWCOW。

芸人という、ざっくばらんが比較的許される職業だからこそ「誰かに会ったら挨拶だけはしっかりと」。吉本の養成所一年目にまず教わること。

多田もBKBにとっては、親しくさせてもらっている優しい先輩の一人。

あせることはないのだが、小走りで自分がいた楽屋から、隣の村上と多田がいる楽屋へ向かうBKB。 

ここまではなんの問題もない。いつもの楽屋での日常。

だが───まさかあんなことになるとは。

「おはようございます〜!」

BKBがまず、楽屋の奥で鞄を机に置いたばかりの、多田の目を見ながら挨拶をした。

「あ、おはよおはよ!ういっす!」

気さくに返事をくれる多田。

「おはよポンさん」

「バイクさん〜おはよございまーす」

続けて手前に座っている村上(BKBはポンさんと呼んでいる)と挨拶を交わし、村上も答え、これで挨拶は終了。

なんのことはない。難しくもない。普通の挨拶───のはずだった。

「あれ、バイクさん……?」

「ん?」

村上がなにかに気がついた雰囲気を出す。 

その表情がどこか神妙な顔つきだったことに、BKBは気がついていなかった。

「今、バイクさん……スマホ片手に挨拶しましたよね?多田さんに」


出典: FANY マガジン

その村上の一言で、和やかだった楽屋に戦慄が走る。

確かにBKBは、スマホをいじっている途中で多田達がいるこの楽屋に小走りしてきた。

そして、小走りしているときにはもう『スマホを片手に持っている』という意識などなかった。

一応言っておくが、芸人同士には上下関係はあれど、厳しいビジネスマナーがそこまであるわけではない。

だがこのときの構図は、BKBと大先輩の多田。

サラリーマンの平社員が、常務に対してアイコス片手に挨拶をした、そんな雰囲気すら醸し出されていた。

「あ……え?いや、確かにスマホもってたけど、いやこれはその……」

「挨拶適当ってことですか?」

あっけらかんと責め立てる村上。

「マジ?スマホもってた?マジ?」  

MSMで追い詰める多田。


出典: FANY マガジン

「いや……待ってください……あの、その……」

一変した空気に耐えかねるBKB。

起死回生の手段はもうない。

言い訳も意味をなさない。

次にBKBが放った言葉は信じられないものだった。

「いや……これは別にええやろ!」

午前中の楽屋に響き渡る、The開き直り。

そして、言われた多田はというと。

「いや全然ええねん、はははは!」

「いや失礼ですけどね〜」

「まだ言うてるやん」

そう───これは村上が秒で仕掛けた『厳しい社会での挨拶ミニコント』だったのだ。

それを全員が察し、ノッかっていたに過ぎない。

もちろん挨拶は大切。

だが関係性、という言葉もあるように、この3人にはずっと一緒にやってきた関係性があった。

だから村上はすぐにノリを仕掛け、多田は察してノッかり、BKBも負け顔をつくった。

いつもの楽屋での小さなノリ。

重複するが、挨拶は大切。

しかし芸人という性質上、顔面を白塗りしていたり、女装してブラをつけている後輩が挨拶してきて「おい失礼だろ」とはならない世界。

逆に「どんなネタすんねん。ははは」となる。むしろその格好になにも思わなくなることも。

やや特殊なお笑いの世界。

今日もルミネの楽屋は、事件が起こりそうでなにも起こらず───笑いが起こっていた。

【完】

※おまけ

事件に関与していないが一応撮ってた楽屋ロングコートダディ堂前


出典: FANY マガジン