『機動戦士ガンダム』で「塩がないと戦えない」や「さまよえる湖」に「北宋だな」と子供たちを置いてけぼりにした第16話を解説します。タムラ料理長の真価は、大人になった今だからこそ分かる、というものかもしれません。



『機動戦士ガンダム』第16話にて、ブライトさん(左)とタムラ料理長。「塩」で1本のドラマができたロボットアニメは『ガンダム』だけ。『閃光のハサウェイ』場面写真配布キャンペーン「ノア家のアルバム」より (C)創通・サンライズ

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なぜホワイトベースは「塩」に振り回されたのか

 かつてテレビアニメは「大人が作り、子供が観るもの」でした。今なお傑作として愛され続けている作品は、スタッフがありったけの知恵や知識を注ぎ込み、視聴者が子供だからと容赦していません。そのため、何回も繰り返しての鑑賞に耐え、大人になってから観ても数々の発見があるのでしょう。

 その代表格が、初代『機動戦士ガンダム』です。そもそも第1話から敵メカである「ザク」を何機も登場させ、「戦争」と「量産兵器」という概念をロボットアニメに叩き込んだのです。

 そのようなザクと並んで、大人になった今だから真価が分かるのが、第16話に登場した「タムラ」料理長の「塩」でしょう。「ブライト」艦長に朝食を運んで来つつ「塩がなくなりますが手に入りませんか?」と頼み込んだときはモブかなとも思えましたが、このエピソードでは本当に「塩」がドラマの中心となっています。

 タムラ料理長は「塩がないと戦力に影響するぞ」と強烈に塩不足を訴え、説得されたブライトは「ホワイトベース」を移動させます。かなりの長丁場となったのは、本人が「塩がないばっかりにホワイトベースをうろうろさせてしまった」と嘆いていることからも明らかです。

「塩がないと戦力に影響」は本当です。塩分は体内に入るとナトリウムイオンと塩素イオンに分かれ、このうちナトリウムは筋肉の収縮や神経の情報伝達に必要です。また塩素は胃酸の成分であり、食べ物の消化や殺菌に使われます。

 どれだけ栄養を摂っていたとしても、塩が足りなければ「低ナトリウム血症」を起こし、まず動作や反応が緩慢になります。さらには頭痛や低血圧、倦怠感や疲労感、食欲不振へと繋がり、最悪の場合は昏睡状態に陥りもします。いかに「アムロ」といえども、「ランバ・ラル隊」や「黒い三連星」と戦っている場合じゃなくなります。

 ふつうに暮らしていれば塩分不足は縁遠そうですが(摂りすぎの方が注目されやすい)、最高気温摂氏35度以上の猛暑日が何日も続き、汗とともに塩分を失った現代日本に住む人であれば、タムラ料理長の言葉は身にしみるのではないでしょうか。



マ・クベの「北宋の壺」も、実は「塩」と同じエピソードでデビュー。子供たちにはワケが分からなかったはず。画像はノリタケ製ボーンチャイナ「機動戦士ガンダム マ・クベの壺」(バンダイ) (C)創通・サンライズ

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500年周期でさまよう「ロプ・レイク」は「ロプ・ノール」とは別もの?

 また、塩の調達先として「ミライ」が「シルクロードにある鹹(かん)湖」と言ったとき、子供でなくとも意味が分からなかったでしょう。すぐ後に「塩を含んだ湖」とフォローを入れていて、ミライの「伝わってないよね」という思いがにじみ出ているようです。

 その後、地図にあったはずの塩湖がなく、データを調べた「マーカー・クラン」は「ロプ・レイク、鹹湖。500年ごとに西と東に振り子のように移動する」と突き止めています。どうやら現実にある地形としては「さまよえる湖」こと「ロプ・ノール」を指しているようです。

 海辺でもない中央アジアに塩の湖があり、しかも一定の周期で動き回るという情報量の多さに、子供の視聴者はハテナマークで頭が一杯だったかもしれません。

 まず、塩湖は乾燥地域ではありふれたものです。川や地下水が凹地に流れ込んで湖ができますが、乾燥しているので水が蒸発します。それにより塩分の濃度が高まっていくものの、流れ出す川がないので塩は留まり続けるというメカニズムです。

 またロプ・ノールは19世紀後半、東トルキスタン東部のロプ砂漠に探検家たちの関心が集まったとき、注目が集まった存在でした。なぜなら、古い中国の文献に記録されていた「タリム盆地の近くにある大きな湖」が、あるべき場所になかったからです。

 それを20世紀初め、スウェーデンの探検家スヴェン・ヘディンが30年がかりで追い続けました。その途中で幻の都、楼蘭の遺跡を見つけ、やがて大きな湖へとたどり着きます。そしてタリム河は約1500年周期で南北に振れ続け、それにともないロプ・ノールもさまようという「仮説」を立てたという経緯です。

 もっとも、現実のロプ・ノールは1960年代に干上がっており、もしも宇宙世紀が我々の世界と地続きであるなら、マーカーの見ていた「戦前」(一年戦争前)の地図にも載っていなかったはずです。

 それに「さまよう」ことも仮説に過ぎず、周期の長さや東西、南北の方向も違う……という辺りは「世界線が違うんですね」と受け流すのがオトナの姿勢でしょう。

 同じエピソードでは、「マ・クベ」大佐が白磁の壺をチンと叩いて「北宋だな」の名セリフも飛び出します。これも子供から見れば何を言っているのか分からず、それゆえ「マ・クベ=壺の人」との印象を鮮烈に焼き付けたのでしょう。

 今の大人の目で観れば、中国の白磁には1000年以上の歴史があり、北宋と特定するマ・クベの鑑定眼がすごい! でも北宋期って160年以上(960年から1127年)の広がりがあるけど、一体いつの作品なの? と評価が一周も二周もしてしまいます。

 このシーンは「ランバ・ラルに対して居留守を使い、副官のウラガンに相手をさせている間に壺いじりをしていた」、要はラルをナメ切っていたことに重きがあります。でも、視聴者の記憶に残ったのは「壺が大好きな人」だったことに味わいがありますね。

 第16話を担当した脚本家の山本優さんは、その後『ゼンダマン』では時代を駆けめぐるヒーローを、『魔境伝説アクロバンチ』では世界中の遺跡を巡る冒険家ファミリーを描いています。そこで触れた「大人の知識」から、知的好奇心にめざめて進路を決めた元子供たちも、少なくないかもしれません。