豪華布陣によって紡がれる命の物語
そしてこの『銀河鉄道の夜』の世界を彩ったのが繊細でやさしく、そして切ない細野晴臣の音楽だった。
「テーマ曲はまさに名曲ですよね。実は全部細野さん任せだったんです。『揺れてください』という注文をしただけ。生と死、白と黒、二つのものを行ったり来たりする物語。僕は命とは振動だと思った。揺れる…行ったり来たりすることが大事だと思っていました」
本来音楽担当は監督かプロデューサーの発注に合わせて曲を作成するが、細野は自分で絵コンテを見てシーンごとに曲を作成していったというから驚きだ。公式パンフレットには1ヶ月半で43もの曲を作成したという記述もある。
「テーマ音楽だけ先に送ってほしいとお願いした。スタジオで流しながらアニメを作りたかったんですよ。おかげで、テーマ曲を流しながらアニメを作ることができました」
豪華だったのは音楽だけでない。この作品は圧倒的な脚本力にも唸らされた。アニメでありながらずっと落ち着いた語り口でファンタジックな雰囲気も漂う。宮沢賢治の世界観が見事に凝縮されているのだ。静かで穏やかなセリフのやりとりは、それまで昭和50年男たちが観たどんなアニメとも異なっていた。この脚本を担当したのが昭和を代表する劇作家の別役実だ。
「ネコで『銀河鉄道』を作ると決まってから、誰に何を任せるかを決めるのが本当に早かった。細野さんの音楽も、別役さんの脚本も、田代さんと意見がぴったり合ったんですね。別役さんはある日、『監督、僕もこの列車に乗っていいかな』と言ってきたんです。アニメには盲目の無線士が登場しますが、これは原作にはない。別役さんの戯曲のなかに出てくる有名なキャラクターなんですね。自分のオリジナルキャラと共に別役さんも一緒に銀河鉄道に乗りたいと言ってくれたんです」
また、『銀河鉄道の夜』と聞いてアニメファンが思い出すのが儚くも強いジョバンニのあの声だろう。『天空の城ラピュタ』の公開前年に、声優・田中真弓を主人公役に抜擢していたことも興味深い。
「当時、田代さんも僕も大のオーディオマニアで音にはうるさかった。そもそも田代さんは音響のプロですからね。その彼が、田中真弓がいいと言ってきた。僕は最初、反対していたんですよ。真弓さんは元気がある男の子というイメージが強かったですから。でも、ここは俺に任せてくれと田代さんが言うんです。それでジョバンニを真弓さんにお願いしました」
音のプロ、田代プロデューサーの勘は見事に当たる。田中真弓は国籍も宗教も超越したこのジョバンニという難役を見事に演じていく。「声の話でいうと、おもしろいエピソードがありますよ」と杉井は懐かしそうにこんな話を語ってくれる。
「映画の最後の方に『カムパネルラ、君といつまでも一緒に行くよ』というジョバンニの大事なセリフがあるんですが、僕としてはクールに言ってほしかったんです。感情を抜きにして真弓さんの透明感を出してほしかった。でも何度やっても真弓さんの感情が入って泣き声になってしまいました。そしたら田代さんに『ずっとジョバンニをやってきた人が泣き声になるならそれが本当なんじゃないの』と言われてね。正直、頭きましたよね(笑)。それで、この田代さんの意見を通して録った真弓さんの声、それが評判よかったんです!」
この取材を通してずっとだが、田代との思い出話を語る時の杉井は実に楽しそうで、本当に二人が深い絆で結ばれていたことがわかった。『銀河鉄道の夜』以外でも、二人はさまざまな作品を作り出したよきパートナーだった。
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僕はやはりゆっくり〝残る〞ものを目指したい
「田代さんとは音響作業の時はいつもぶつかっていましたよ。『タッチ』の時も『ストリートファイターⅡ』の時もそうだった。でもね、彼と仕事をすると本当にいい勉強になるんですよね。『銀河鉄道の夜』ではプロデューサーをやりながら音響監督も務めていました。アニメの音響監督としての感性はピカイチでしたね。とにかく耳もセンスもよい。彼と一緒にやっていたグループ・タックの作品はぜひ、音楽をよく聴いてほしい。田代さんの音響はやはり違うんですよ」
ジョバンニとカムパネルラのようにお互いを慈しみ合うこのコンビだからこそ、数十年経っても語り継がれる『銀河鉄道の夜』が完成したのだろう。田代はもう亡くなってしまったが杉井はもう一作、宮沢賢治の作品で映画を作りたいと意気込みを語ってくれた。
「『銀河鉄道の夜』は賢治の集大成、賢治の思想が散りばめられていた。そして2012年公開の『グスコーブドリの伝記』は自然と人間がテーマでした。これに加えてもうひとつ、賢治のユーモアの部分はまだ誰も映画にしていない。賢治は結構滑稽な人だったと思うんですが、まさにそれを描きたい。この3つがそろうと、宮沢賢治なんじゃないかなと思っています」
80歳を超えてもまだまだ創作意欲は衰えない。杉井の言葉のひとつひとつから、アニメ師としての探究心と熱を感じる。
「我々の世代は映画ひとつにしても、何か〝残る〞ものを求めてやってきた。だから、僕はやはりゆっくり残るものを目指したい。その時代その時代の感性の流れは早く動いていくけれど、その一部は少しずつ沈澱していく。沈殿物の流れはゆったり。そんな、時代とともにゆっくりと動いていくものを、作っていくのが我々ベテランの仕事。だから底流をいつも眺めている。それが僕らの役割だと思います」
杉井が話すとおり『銀河鉄道の夜』は時代を超え、今も残り愛され続ける名作となった。昭和50年男がジョバンニやカムパネルラと同じくらいの年齢だった頃に公開されたこの映画を、ぜひ今、観直してほしい。宮沢賢治の繊細な思想、そしてこの作品と向き合った人々のパッションにきっと大きく心を揺さぶられるはずだ。
(出典/「昭和50年男 2023年9月号 Vol.024」)