クマムシを何度も凍結&解凍して寿命を調べる実験結果が発表! / Credit:Canva . ナゾロジー
物語「眠れる森の美女」では呪いによって100年間眠っていた美女が、王子様のキスで目覚めるシーンが描かれています。
しかし、この名場面の美女役をクマムシにし、王子様役と呪いの魔女役を研究者に兼任させるような実験を行ったところ、新たな事実が判明しました。
ドイツのシュトゥットガルト大学(University of Stuttgart)で行われた研究によれば、クマムシに対して何度も凍結と解凍を繰り返す実験を行ったところ、凍結中にはクマムシの寿命が減っていないことが確認できた、とのこと。
研究では被検体となった約500匹のクマムシが老いで全滅するまで繰り返し凍結と解凍が繰り返されており、凍結と凍結の間の正常な期間の合計が、クマムシの平均寿命に一致することが示されました。
「眠れる森の美女」で例えるならば、王子様と呪いの魔女が交互に繰り返し登場して、美女に何度も眠りと目覚めを繰り返させ、美女の正常な時間の合計が女性の平均寿命に一致していたかが調べられたことになります。
人間で例えるとかなりシュールな実験ですが、凍結期間中に寿命の灯火が消費されているかを確かめる手段としては有効です。
もし現実世界の人間でも同じように凍結によって寿命の残りを保存できるならば、難病などに苦しむ患者たちを医療技術が発達した未来まで、眠りにつかせることも可能になるでしょう。
しかし、いったいどうして凍結中は寿命が保存され、解凍後にそのまま引き継がれているのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年9月26日に『Journal of Zoology』にて公開されました。
目次
氷漬けのクマムシは「寿命の灯火」を消費しているのか?老いて死ぬまで1週間ごとに凍結と解凍を繰り返す仮に死ぬのも楽ではない?
氷漬けのクマムシは「寿命の灯火」を消費しているのか?
クマムシは毎回、人類の無茶ぶり実験に付き合わされている / Credit:Canva . ナゾロジー
Googleが開発した対話型人工知能「LaMDA」によれば、優れた能力は「祝福」であると同時に「呪い」でもあるそうです。
クマムシに対する無茶な生物実験の歴史は長く、古くは1775年には既に乾燥実験が行われていたことが知られています。
この歴史的実験では、爪先で潰すとパラパラになるほど乾燥したクマムシに水を与えると、蘇って再び元のように歩きはじめることが報告されています。
また近年においてもクマムシに対する過酷な生物実験が繰り返され、
絶対零度から水の沸点100℃を超える温度に耐え、
宇宙空間の真空を生き延び、
遺伝子に電気シールドを備えることで、
大半の生命が死に絶える高レベル放射線を克服し、
銃を用いた発射実験でも生き残り、
「量子もつれ」状態に移行させることも可能
であることが判明しました。
クマムシの優れた耐久性能は「生物はどこまで耐えられるのか?」という究極の質問の答えを得るため繰り返し調査され、数々の貴重な科学的知見が得られてきました。
しかし、まだ全ての秘密が暴かれたわけではありません。
たとえば2016年に行われた研究では、1983年に南極大陸で採取され30年以上凍っていたクマムシを解凍すると、蘇って再び餌を食べ始めたことが報告されています。
通常の生活を送っているクマムシの寿命はせいぜい2,3カ月、長くても半年程度しかありませんが、凍り付くことで60~180倍も寿命が延びたことになります。
しかしここで大きな問題が立ちはだかります。
氷漬けにされることでクマムシの寿命が延長されたのは間違いありません。
しかしそれは「老化が極めてゆっくり進んでいた」のか、それとも「完全に停止していた」のか、どちらなのでしょうか?
どちらも大して違わないように思えますが、重要な差となります。
老化がゆっくり進んでいた場合にはやがて期限切れが訪れ、クマムシは凍ったまま寿命を迎えてしまいます。
しかし老化が完全に停止していた場合、クマムシは凍っている限り永遠に死なない可能性があり、何万年・何億年という極超長期に及ぶ恒星間移動、銀河間移動などにも耐えることができるでしょう。
(※NASAでは比較的短い時間でクマムシを隣の星系に送るスターライトプロジェクトが存在します)
そこで今回、シュトゥットガルト大学の研究者たちは、氷漬けにされている間にクマムシの寿命が消費されているかどうかを確かめる過酷な実験を行うことにしました。
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老いて死ぬまで1週間ごとに凍結と解凍を繰り返す
クマムシの寿命が尽きるまで1週間ごとに凍結と解凍を繰り返した / Credit:Canva . ナゾロジー
凍結中にクマムシの寿命の灯火は消費されているのか?
謎を確かめるために研究者たちはクマムシに対して凍結と解凍を繰り返すことにしました。
実験ではまず、500匹のクマムシが用意され、飼育環境に適応した時期を見計らってマイナス30℃で7日間、凍結させられます。
凍ったまま7日が経過すると、1日かけてゆっくりと解凍されされ、エサを食べるための活動時間が7日間与えられます。
そして再びマイナス30℃で凍結されて7日間、解答されエサを食べる7日間のサイクルが続きました。
この過酷な凍結と解凍のサイクルはクマムシの生涯をかけて、最後の1匹が死ぬまで繰り返されました。
また各解凍後には死んだクマムシが取り出され、常に生存数がチェックされました。
結果、凍結されていた時間は、クマムシの寿命にそのまま上乗せされることが判明します。
また凍結期間と凍結期間の間の活動期間の合計値の平均は、正常に暮らしていたクマムシたちの平均寿命に一致していることも判明。
さらに凍結されていた時期があるかにかかわらず、活動期間の最高記録は普通のクマムシの最高寿命と同等の値となっていました。
この結果は、繰り返し凍結されている間、クマムシの寿命は消費されておらず、活動時間の合計も寿命の最大値も凍結の影響を受けていないことを示します。
凍結中は生命活動が停止するため寿命の現象も止まる / Credit:Canva . ナゾロジー
同様の結果は、乾燥状態にあるクマムシにおいても報告されており、乾燥や凍結によって仮死状態にあるクマムシは、寿命を復活後に持ち越していると考えられます。
以前の研究では、仮死状態に陥ったクマムシの細胞では水分が失われて一種のガラス化を起こし、DNAは強固なタンパク質によって固められた状態になることが報告されています。
生命の老化は主に生命活動の影響(酸化など)でDNAが劣化することで起こります。
しかし細胞がガラス化してしまえば生命活動に由来するDNAの劣化も停止し、結果的に老化も起こらなくなると考えられます。
このような極端な停止状態は復活を約束されている死と同じと言えるでしょう。
寿命の持越しは限りなく死に近い状態を挟んでいるからこそ可能なのかもしれません。
しかし厳しい自然界において、常に仮死状態への移行がスムーズに行えるわけではなさそうです。