「寺尾vs貴花田は今も心に残る名勝負No.1」実況40年の元NHK藤井康生アナが語る“大相撲観戦の醍醐味”“すごい解説者”とは?/『MonoMaxお相撲同好会』の画像一覧

大相撲をこよなく愛するスタッフたちが、毎回さまざまな角度から大相撲の魅力を伝える連載「MonoMaxお相撲同好会」。

前回に引き続き、第4回も、元NHKアナウンサーで大相撲の実況中継を担当していた藤井康生さんが登場! 実況人生のなかで今も心に残る名勝負や解説者、テレビ中継での相撲の楽しみ方を伺いました。最後には力士のデータがびっしりと書き込まれた秘蔵のカードも!

【寺尾 vs.貴花田】勝負師・寺尾の意地を見た!今も心に残る名勝負No.1

お相撲同好会 長年大相撲に関わり続けたなかで、今も忘れられない取り組みはありますか?

藤井 これは挙げればきりがないんですが、ひとつだけというと、寺尾と貴花田(元横綱・貴乃花)の物語です。貴花田は平成2年(1990年)の五月場所に、17歳で初入幕したんです。その五月場所は負け越して次の七月場所と九月場所は十両にいたのですが、十一月場所に幕内に帰ってきました。それ以来幕内に定着して、翌年の平成3年(1991年)の三月場所は東前頭13枚目という番付でした。当時まだ18歳ですが、この三月場所で貴花田は初日から9連勝します。優勝争いに加わる勢いですよ。

お相撲同好会 18歳で9連勝!?

藤井 ここまで勝つと、前頭13枚目という幕内の下位であっても、上位力士と対戦が組まれます。

お相撲同好会 通常なら、前頭2桁の力士は、同じ前頭下位か中位ぐらいの力士としか対戦しないですよね。

藤井 最近は、優勝がかかると幕内下位でも上位と対戦するようになりましたね。

お相撲同好会 そして10日目は?

藤井 貴花田が対戦するのは東の小結・曙です。曙は貴花田、若花田(元横綱・若乃花)と同期ですが、三役へは曙のほうが先に出世していました。この対戦は、貴花田が上手投げで勝つんです。これで10連勝。11日目に対戦するのは西の小結・寺尾です。これが2人の初対戦でした。

お相撲同好会 この対戦を実況されていたのですか?

藤井 していました。寺尾はつっぱりが得意ですから、立ち上がるやいなや、ボンボンボンと、ものすごく回転のあるつっぱりを繰り出します。これを貴花田はつっぱり返してしのぐんですよ。一旦、貴花田は左のまわしを取ろうとしますが、すぐにまわしから手が離れてしまい、またつっぱり合いになります。再び寺尾の(得意な)相撲に持ち込まれたかと思いました。しかし、貴花田の下半身はびくともしない。素晴らしい足腰で段々と寺尾を追い詰めていきます。最後は貴花田が東の土俵下に押し出して、寺尾を破るわけです。

お相撲同好会 聞いているだけで興奮してきます!

藤井 当時、寺尾は28歳。バリバリの三役で経験も十分。そんな寺尾が10歳下の18歳に負けるわけです。たまたまNHKのカメラが、支度部屋へ戻っていく寺尾の後ろ姿を映していたのですが、もう背中に怒りがあふれているのがわかるんですよ。その後、さがり(まわしの前にはさみこんで垂らす一種の飾り)やタオルを叩きつけました。

お相撲同好会 相当悔しかったのでしょうね。

藤井 寺尾が引退した直後に話を聞いたのですが、そのとき「人生で一番悔しいのは、あの相撲です」と話してくれました。「相手は高校3年生の年ですよ。28歳の俺が、得意のつっぱりで勝てないんだから、悔しくてしょうがない。今思い出しても悔しい」と。そんな2人が、次の五月場所でまた対戦するんです。寺尾は東の小結、貴花田は西前頭筆頭まで上がってきました。対戦が組まれたのは10日目。このとき私は実況していなかったのですが、寺尾が立ち会いからボーンと突き上げました。(また、つっぱり合いか?)と思った瞬間、サッと右を差しにいって、なんと四つ相撲を取りにいくんです。寺尾はつっぱり専門ですから、四つ相撲になることはあまりありません。ただ、右四つならば相撲は取とれるんですね。その右四つの展開に自分から持っていって、さらに相手の顎の下ぐらいに頭をつけて、自分はまわしを取っているけど貴花田にはまわしを与えない状態にするわけです。その体勢で何度か投げで崩そうとしますが、貴花田は足腰がいいからなかなか倒れない。でも、ずっと攻め続けて最後まで貴花田にまわしを与えずに、寄り倒して寺尾が勝つんです。これがもうドラマのようでした。

お相撲同好会 寺尾がリベンジを果たしたわけですね。

藤井 寺尾という力士は本当にすごいと思いました。寺尾からしたら、もう1回つっぱり合いでもいいわけですよ。三月場所の対戦を思えば、こっちがつっぱれば貴花田もつっぱってくるだろうと予想できますし。それを選択せずに、貴花田の得意な四つ相撲に自分からいくわけです。「前回は自分の得意な相撲で負けたから、今度は相手の得意な相撲で勝ってやろう」という、寺尾の気持ちが目に見えるかのような対戦でした。寺尾と貴花田は何度も対戦していて、その間に貴花田は貴ノ花、そして貴乃花と四股名が変わり横綱に昇進します。最終的な対戦成績は貴乃花の22勝6敗という数字でした。ですが、寺尾が貴花田に初めて勝った平成3年五月場所は、いまだに印象に残っています。寺尾の意地を見たというか、当たり前の勝ち方では許せないところがあったのでしょう。実は横綱・貴乃花から最初に金星を取ったのも寺尾なんです。このあたりも、寺尾が10歳も年下の貴乃花に対して一番意欲を燃やして戦ったエピソードかと思いますし、寺尾という人間のすごさを感じます。

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実況との掛け合いも見どころ聞きどころ。この解説者3人がすごい!


お相撲同好会 大相撲中継は実況と解説の2人がメインで放送します。一緒に仕事をされたなかで、この人はすごいという解説者はいましたか?

藤井 なんといっても北の富士勝昭さんです。本場所中の実況と解説はそれぞれ複数人が担当し、そのローテーションは実況と解説で別の部署が作っているんです。だから、組み合わせは偶然になるのですが、私はきっと、北の富士さんと一番組み合わせが多かったアナウンサーだと思います。

お相撲同好会 北の富士さんのすごさを一言で言うと?

藤井 なんといっても自在なんです。取り組みの解説はもちろんですが、そこに面白い話を混ぜてくるんですね。例えば、昭和30~40年代の北の富士さんの興味深いエピソードを盛り込んでみるとか。視聴者の方を飽きさせないテクニックですね。計算していない話術には感心します。茶目っ気みたいなところもあって、「北の富士さん、今のいい相撲でしたね」って聞くと「ごめん、見てなかった」と平気で言うわけです(笑)。「見てなかったから、(向正面の)舞の海に聞いて」と面白く返してくる。若い頃から社交的で、結構遊んだと本人もおっしゃっていますけど、そういうところで培ったものもあるのかもしれません。

お相撲同好会 自由な方ですね(笑)。

藤井 中継以外でもお世話になりましたから、上京したときの話や巡業でのエピソードなど、いろいろ聞きましたが、どれも面白かったです。

お相撲同好会 そのほかにはいらっしゃいますか?

藤井 最近だと伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)ですね。現役時代は技能に優れた横綱だったこともあり、技術解説は超一流ですね。弟子の指導にもそれが表れていて、稽古場での指導を見ていても、まさに技能の指導に優れた親方だと思います。「右を差すというのは普通に腕を前に出すんじゃないんだ。ぐるっと腕を下から回しながら差していって腕(かいな)を返すという形になるんだ。だから、当たった瞬間に回してみろ」と。それを自分が土俵に降りて、実際に動きを見せて教えるわけです。そんな指導方法がそのまま解説に繋がっているような、とてもわかりやすい解説をされますね。目から鱗が落ちるような解説をされることもあります。

お相撲同好会 個人的に、技術を細かく解説してくれる方の話は引き込まれます。

藤井 わかりやすさでいえば、花田虎上さん(元横綱・若乃花)も秀逸ですよ。私は今、ABEMAの大相撲中継で実況をしているのですが、解説としてお兄ちゃん(花田さん)と組むことがよくあります。花田さんこと、元若乃花は体が小さいのに横綱までいった人で、父親である二子山親方からも「お前は特別違う技能を持っている力士だから、解説でも人にわかるような技術的な説明をするのがいいよ」と言われていたそうです。一緒にABEMAの大相撲中継をするなかで、目の付けどころが違うなと思うことが、話の中でいくつも出てくるんです。

お相撲同好会 具体的にどんなお話をされるんですか?

藤井 例えば、取り組みで、下手でまわしを取る場面があったとします。まわしって幅45cmぐらいの布地を四つ折り(部分によって八つ折り)にして、きつく体に巻きつけるんですよ。巻いた状態でも幅は10cmくらいありますし、体に4~5周巻くから厚みも出ます。だから、まわしを全部掴むのは、どんなに手の大きい力士でも難しいんですよ。一般的に力士がまわしを取ったというときは、まわしに親指以外の4本の指を通している状態なんですね。それでも、全部の指を通しているわけじゃなく、引っ掛ける感じのことも多いです。ただし、下手の場合だけは、後ろの結び目に近いところが八つ折りになっていて、ちょっと細くなっているんです。その部分は掴みやすいですから、相手に切られること(専門用語で取っていたまわしから手を引き離されること)は、ほぼないんです。だから、そこを掴んだときは相手からまわしを切られることがないとか、手首をこんなふうに曲げると力の伝わり方が違うとか、細かいところの技術を語るんです。私も長年、相撲を見ながら実況してきましたが、そこまで注意して見ることはなかったなというポイントを、花田さんは解説するわけです。

お相撲同好会 なるほど。

藤井 それと、自身も小柄ながら大相撲という厳しい世界で戦ってきたからか、力士をリスペクトしているのが言葉の端ばしから伝わってきます。批判よりも、それぞれの力士のいいところを一生懸命語ろうとします。ここが彼の素晴らしさかなと思いますね。