1980年代、オレたちは映画をテレビの洋画劇場で観ていた。そして、何より声優たちの見事な吹き替えを毎日のように楽しむことができた。オレたちを映画好きにしてくれた吹替声優界のリビングレジェンド、羽佐間道夫登場!

とにかく驚いたスタローン役のオファー


羽佐間道夫/はざまみちお|昭和8年、東京都生まれ。声優、俳優、ナレーター。アル・パチーノ、ウディ・アレン、シルヴェスター・スタローンなどの俳優の吹き替えを担当。アニメ作品では『赤毛のアン』『銀河英雄伝説』などに出演。2008年第2回声優アワード「功労賞」、「東京アニメアワードフェスティバル2021」功労賞受賞

シルヴェスター・スタローン、ディーン・マーティンなどの吹き替えでお馴染みの声優・羽佐間道夫は今年で90歳(!)になる声優界のリビングレジェンドだ。過去の吹替の思い出、声優仲間との交流、現在の取り組み、そして未来への展望について、たっぷり語ってもらった。羽佐間が吹き替えた作品の数は、一説によると7千本を超えると言われている。果たして本当なのだろうか?

「『嘘だろ!』と言われることもあるんですけど、僕がこの世界に入ってから60数年、だいたい毎週3回ぐらいずつ吹き替えをやっています。すると1ヶ月で12本、1年で144本。10年で1440本。60年で7千本を超える計算なんです(笑)。正確にカウントしたわけではないので、ご勘弁ください」

アフレコは一日に2本、3本と掛け持ちすることもあった。

「忙しかった!メシを食う暇もないぐらいですよ。何しろ人がいなかったからね。あと、(ギャラが)安かったんだよ。声優で金持ちになった人が一人もいない(笑)。ハリウッドだったら7千本も出演していたら大変だよ? 国とか買っちゃってるよ」

羽佐間が吹替の仕事を始めたのは、1950年代の終わり頃。コンテンツ不足だったテレビでは洋画や外国テレビドラマが数多く放送されるようになっていた。その頃は本番一発録り。ミスをしたら最初からアフレコのやり直しだった。

「(少し咳き込んで)これ、昔だったら大変だよ。(テープ1本分の) 28分ぶっ通しで収録するんだから、途中で咳をしたら全部最初からやり直し。最初の『ロッキー』はそうだったね。みんな、すごく緊張していましたよ」

若かりし頃は、劇団で俳優として腕を磨いていた。仲間たちはみんな貧しかった。

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スタローンは絶対に俺の役じゃないと思っていた

「同じようなアルバイトをしている連中が集まってきて、わずかばかりのギャラで芝居をしていました。声優の仲間はだいたいみんな劇団で芝居をしていたんですよ。だから、アフレコの現場は『また親族が集まっちゃった』みたいな感じでしたね」

同じような苦労を重ねていた分、吹き替えの声優たちは仲がよかったという。そういえば、吹替はずっとアンサンブルを聴いているような気がしていた。

「ご指摘のとおりです。吹替の時、スタジオに入って何か違和感があるような作品はヒットしなかった。ちょっと異質な人が入ってくることがあったんです。スター気取りで『てめぇ、下手だなぁ』みたいなことを言うやつもいた。そういうのがいると、よくないんだよね」

吹き替えをしていて感動したことがあるという。ある日、親友の山田康雄から一通のはがきが送られてきた。

「『5つの銅貨』の放送があった翌日、山田康雄からはがきが届いたんです。『おまえ、テレビで泣かせるなヨ』って書いてあった。ここがよかった、あそこがよかった、とかじゃない。集大成の言葉をもらったような気がしたな」

吹替声優として多忙を極めていた羽佐間だったが、スタローン役のオファーがきた時は、とにかく驚いたという。軽妙洒脱な役柄を得意としており、マッチョなアクションスターを演じたことがなかったからだ。

「『なんで俺がスタローンを演るの?』と思ったよ。俺を選んだのはTBSの熊谷国雄というプロデューサーだけど、本当に驚いた。だって俺のなかに、あの『ウォー!』という野太い声とか、あのボリュームはなかったんだから。絶対に俺の役じゃないと思っていた。むしろ賢坊(内海賢二)がやった方がいいんじゃないかと思ってたんだから」

ロッキーのライバル、アポロ・クリード役のカール・ウェザースを吹き替えたのが内海賢二。二人の名コンビぶりが発揮された吹き替えは枚挙にいとまがない。

「賢坊はいちばんやりやすかったね。あと、ポーリー役の富田耕生がよかったな。富田が『(ロッキーは)絶対、羽佐間しかいない!』って言ったらしいんだよ。人から聞いた話だから、キャスティングの時の話なのか、後から言ったことなのかはわからないんだけどね。とにかく熊谷さんは無茶振りだった。そういう人は何人もいましたよ。『日曜洋画劇場』のプロデューサーだった圓井(一夫)さんもそう。『じゃ、羽佐間さんにしておきましょうか』という感じなんだから(笑)」

プロデューサーからの〝無茶振り〞は羽佐間の演技力の幅の広さ、適応力の高さの証明にほかならない。その後、羽佐間は『ロッキー』以外のスタローンのアクション作品も吹き替えを行っている。

「『ランボー』もやってますよ。乱暴なことだよねぇ(笑)」