100年前の日本の鍛造技術を応用して「究極の金箔」の単離に成功


柏屋氏ら研究チームは、日本の100年前の鍛造技術を採用 / Credit:Shun Kashiwaya(Linköping University)_A single atom layer of gold – LiU researchers create goldene(2024)

研究チームは、「Ti 3 AuC 2」から金の層を傷つけずに、チタン炭化物だけを取り除く方法を探しました。

その結果採用されたのが、「村上試薬」と呼ばれる溶液です。これは1918年に東北大学の村上武次郎(むらかみ たけじろう)氏が発明した「フェリシアン化カリウム(赤血塩)溶液」です。

この村上試薬は、金属に含まれる炭化物をその組成に応じて明るいオレンジ色に染める腐食液で、これにより合金の組成や不純物を顕微鏡で検証しやすくします。

またこの試薬は腐食液なので、金属に色を付けるだけでなく、金属表面の物質を溶解・除去することも可能です。

そこで研究チームは、村上試薬をさまざまな濃度とエッチング時間で試し金のシートだけを取り出す実験をしました。

「1日、1週間、1か月、数か月とさまざまな時間でエッチング(腐食で表面を溶かすこと)を試したところ、低い濃度で長時間エッチングするのが有効だとわかりました。ただそれでもまだ十分ではありませんでした」

柏屋氏はそのように実験の苦労を語っています。

特にこの工程では光が当たると金を溶かしてしまうシアン化物が発生したため、暗闇の中で行う必要がありました。こうした様々な苦労の果てに、チームは「Ti 3 AuC 2」の金を溶かさず、チタン化合物だけを除去することに成功したのです。

しかし邪魔な物質を除去して、金の層だけを取り出せても、先程述べた通り、金の2次元シートは丸まってしまうという問題が残ります。

そこでチームは、村上試薬に界面活性剤を添加しました。これにより取り出した金の2次元シートが丸まるのを防ぎ、安定させることに成功したのです。


原子1個分の厚みしかない金シート「ゴールディン」 / Credit:Shun Kashiwaya(Linköping University)et al., Nature Synthesis(2024)

こうして彼らは最初の偶然とその後の試行錯誤の末、金の原子1個分の厚さしかない2次元シート「ゴールディン」の単離に世界で初めて成功したのです。

ゴールディンは金箔の500分の1ほどの厚さであり、目で見ることはできないサイズのものですが超極薄の「究極の金箔」と言えるでしょう。

では、そんなゴールディンにはどのようなことが期待されるのでしょうか。

ゴールディンの特性に関してはまだ未解明な部分が多いものの、柏屋氏によると、水素を生成する触媒としての可能性や、従来の金よりも高い電気伝導性などが期待されるという。

さらにゴールディンが非常に薄いことを利用して、貴重な金の使用量を大幅に削減できる可能性があります。

今後、究極の金箔であるゴールディンが様々な場面で活躍していくのを見ることになるかもしれません。

参考文献

A single atom layer of gold – LiU researchers create goldene
https://liu.se/en/news-item/ett-atomlager-guld-liu-forskare-skapar-gulden

A single atom layer of gold—researchers create goldene
https://phys.org/news/2024-04-atom-layer-gold-goldene.html

元論文

Synthesis of goldene comprising single-atom layer gold
https://doi.org/10.1038/s44160-024-00518-4

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。