冷たいビールや冷酒が美味しい理由を分子レベルで解き明かす
お酒内部の分子配列はアルコール濃度だけでなく、温度によっても異なります。
先にも述べたように、アルコール濃度が低く、お酒の温度が低い場合、分子構造はピラミッド型に、アルコール濃度が高く、お酒の温度が高いほど、分子構造は鎖状に変化していきます。
ウイスキーや白酒の場合、アルコール濃度の僅かな差が急激な変化ポイントに達する要因になりました。
しかし一般的なビールのアルコール濃度の場合、前後にそのようなアルコール濃度による急激な変化ポイントはありません。
では冷えたビールが美味しいのは、冷えた水が美味しく感じるのと同じ、ただの温度効果なのでしょうか?
研究者たちは、そうではないと述べています。
というのもこれまでの結果は、お酒を一定の環境で調べた結果であり、冷やした結果についてのものではないからです。
そこで研究者たちは改めて冷えたお酒について調べることにしました。
すると意外な事実が判明します。
低濃度のアルコール飲料を冷やすと、単なる心理効果では説明できない変化が起こりました / Credit:川勝康弘,canva
同じ分子配列の調査を5℃まで冷やしたアルコールで行うと、アルコール濃度11%付近に現れるはずの分子配列の急激な変化ポイントが消失することが判明したからです。
この結果は、冷えたビールの場合、アルコール度数が数%と低いにもかかわらず、感じられるアルコール感はアルコール濃度15%のお酒、つまり日本酒やワインと似ていることを示しています。
またアルコールを冷やしていくと、アルコール濃度が高いお酒に特徴的だった鎖状の分子配列が長くなっていくことが発見されました。
実際、プロのテスターに試飲してもらたっところ、低温のビールほどアルコールの灼熱感(喉に感じる刺激)が増加し、アルコール風味も増していると評価されました。
冷やすだけで物性が変化してアルコール感の増大とビール特有の爽快感につながる四面体構造が増えました / Credit:川勝康弘,canva,Xiaotao Yang et al.,Matter (2024)
さらにアルコール濃度が低いお酒に特徴的なピラミッド型の構造が低温(5%)になると「引き締まり」を起こして、独特の四面体構造へと変化することも観察されました。
ビールが一番おいしい温度が5℃前後とされているのも、これら分子構造の変化が基礎にあると考えられます。
研究者たちも「温度が下がると分子構造がよりコンパクトになるため、冷えたビールの味がより刺激的になる」と述べています。
これらの結果は、ビールのようなアルコール濃度が低いお酒も冷却することで、アルコール感が大きく増大したり、独特の飲みごたえや爽やかさを提供できることを示しています。
日本酒で常温よりも冷酒を好む人がいるのも、冷やしたときのアルコール感増大や低温に特徴的な分子構造に価値や醍醐味を感じているからだと考えられます。
しかしお酒の楽しみ方は冷やすだけではありません。
日本酒の場合にも熱燗ファンがいるからです。
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熱燗にしてもお酒の物性が変化する
なぜお酒は温めても美味しく感じるのか?
謎を解明すべく研究者たちは、お酒を温めたときの変化についても調べました。
すると40℃付近でアルコール濃度38%付近にあった分子配列の急激な変化ポイントが消滅しており、アルコール濃度35~65%まで分子配列がほぼ安定していることが示されました。
この結果は、ぬるま湯付近のお酒は、よりアルコール濃度が高いお酒とアルコール感が似ていることを示しています。
実際、プロのテイスターであっても40℃に熱された白酒の場合、アルコール濃度39%とアルコール濃度52%の味を区別することができませんでした。
熱燗にしてもお酒の物性が変化する / Credit:川勝康弘,canva
一方で、温めたお酒は常温に比べてアルコール感が強いと評価されました。
研究者たちは、日本酒や焼酎、白酒、黄ワインをぬるま湯で飲む習慣があるのは、低アルコール濃度でも、高アルコール濃度のお酒と同じアルコール感を味わえるからだと述べています。
また原理的には、アルコール濃度が低いお酒でも、温めることで常温に比べてアルコール感の増加が見込めることも示されました。
これは常温のビールと40℃付近のビールでは、40℃付近のビールのほうがアルコール感が強い可能性を示しています。
ただ40℃付近のビールがあまり人気がないことから、ビールなどではさまざまな効果を相殺し合った結果、冷やすほうに軍配があがったと考えられます。
あるいは試す人がいないだけで、ぬるま湯ほどの温度のビールには、まだわたしたちが知らない隠れた魅力があるのかもしれません。
お酒の美味しさにおいて、アルコール感は必ずしも全てを決める要因ではありません。
特に温めたお酒では揮発成分が増加し風味が良くなるなど、アルコール感以外の効果もあるからです。
しかし温度を変えるだけで、プロのテスターでもアルコール濃度がわからなくなり、灼熱感などのアルコール感が変化してしまうというのは、重要な点だと言えます。
今回の研究成果を活用すれば、より少ないアルコール濃度であっても、強いアルコール感を感じられるお酒を造ることができるでしょう。
具体的には、飲む温度の推奨値が定められたお酒や、分子構造をより高アルコール濃度に多い鎖型を増やすようにする成分が入ったお酒を開発できれば、アルコールをたくさん摂取したと錯覚させることが可能となるはずです。
実際にアルコール濃度が高いお酒は、価格も高くなりまた常飲するには健康にもよくありませんが、強いお酒を飲んだ感覚が手軽に味わえるなら、製造者にも消費者にも優しいお酒になるかもしれません。
参考文献
Why you can taste more ethanol in a cold pint of beer or warm glass of baijiu
https://www.sciencedaily.com/releases/2024/05/240501125742.htm
元論文
Ethanol-water clusters determine the critical concentration of alcoholic beverages
https://doi.org/10.1016/j.matt.2024.03.017
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。