腸内細菌の酵素が血液型を気にせず輸血できる時代を拓く! / Credit:川勝康弘

血液型を気にせず輸血できる時代が来るかもしれません。

デンマーク工科大学(DTU)とルンド大学(LU)で行われた研究により、腸内細菌から発見された酵素を赤血球と混合すると、ヒトAB0血液型のA抗原とB抗原を構成する特定の糖を除去できることが発見されました。

A型の人の赤血球にあるA抗原とB型の人の赤血球にあるB抗原は、適合しない血液型を輸血できない原因となっています。

もし原因となる抗原を全て除去できるようになれば、患者の血液型に関係なく輸血できる汎用輸血液を作れるようになるでしょう。

しかし、なぜ腸内細菌に血液型の壁を超える酵素が隠されていたのでしょうか?

今回はまず前半で異なる血液型が輸血できない理由や、血液型の進化的なルーツを紹介しつつ、次ページ以降で腸内細菌を利用した新たな方法について解説したいと思います。

研究内容の詳細は2024年4月29日に『Nature Microbiology』にて「アッカーマンシア・ムシニフィラ・エキソグリコシダーゼ(酵素名)は拡張血液型抗原を標的にしてABO汎用血液を生成する(Akkermansia muciniphila exoglycosidases target extended blood group antigens to generate ABO-universal blood)」とのタイトルで掲載されました。

目次

「血液型を超えた汎用輸血液」を目指す血液型はウイルスや細菌に立ち向かうためにうまれた腸内細菌が抗原を溶かす酵素を持っていた

「血液型を超えた汎用輸血液」を目指す


ABO型をもとにした輸血できるかをまとめた図 / Credit:川勝康弘

現在、採血された「赤血球」の消費期限は採血後28日間とされています。

冷蔵方法などを工夫することで多少は期限を延ばせますが、最大でも42日間が限界だとされています。

ですがもしA 型や B型 の血液型を汎用輸血液に変換することに成功すると、現在 4 つの異なる血液型の保管に関連する物流とコストを大幅に削減できます。

さらに、汎用輸血液の開発は、使用期限が近づく血液の無駄を削減することにより、輸血液の供給量の増加につながります。

新たな発見は、誰にでも輸血できる汎用血液を作成する第一歩になると期待されています。

そもそもなぜ間違った血液型を輸血してはダメなのか?


血液型は赤血球表面にあるタンパク質と糖鎖からなる抗原の違いによって生まれます / Credit:川勝康弘

なぜ血液型が重要なのか?

その答えは免疫システムにあります。

A型・B型・AB型の血液には免疫システムに狙われてしまう A 抗原や B 抗原といった部位が存在します。

そのためもし間違った血液型を輸血してしまった場合、免疫システムが反応して輸血された赤血球を攻撃してしまい、体中に大量の赤血球の残骸が発生して凝集などを起こし、命にかかわることがあります。

免疫に詳しいひとならば、ここで「なぜ?」と思うでしょう。

通常、体内に入り込んだ異物に対して免疫システムが学習を行い、次いで異物を排除する抗体が作られます。

ハチにさされても初回は平気なのに2回目でアナフィラキシーショックが起きやすいのも、免疫システムがハチの毒に対して歪んだ学習をしてしまうからです。

しかし赤血球のA抗原やB抗原は初回であっても既に抗体が存在しており、強い拒絶反応を起こしてしまいます。

その違いは反応する抗体の種類いにありました。

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血液型はウイルスや細菌に立ち向かうためにうまれた


O型の人の血液は誰にでも輸血でき、AB型の人はどの血液型の輸血液も受け入れられます / Credit;川勝康弘

A型とB型の血液型に対する抗体が生まれたときから存在するのは、私たちの環境が影響しています。

具体的には、私たちが普段接する食べ物や、体内に存在する細菌、ウイルスなどが含む糖構造が、A抗原やB抗原に似ているためです。

このため、免疫システムはこれら糖構造に反応して自然に抗体(IgM抗体)を作り出します。

そしてこの抗体が赤血球のA抗原やB抗原をウイルスや細菌の断片と勘違いして反応してしまいます。

輸血技術が用いられるようになったのは人類史全体では極めて最近であるため、仕方がないのかもしれません。

一方、異なる抗原や抗体が存在するのは、多様なウイルスや細菌に対して免疫能力の多様性を持たせるための進化の結果だと考えられます。

これまでの研究によっても、血液型の分布が歴史的に特定の地域で発生した伝染病との関連が報告されており、血液型が感染症に対する感受性や重症度に影響を与えることを示唆しています。

特に、マラリアはO型血液の分布に大きな影響を与えたとされています。マラリア原虫は赤血球を感染経路として利用し、A型やB型の特定の糖タンパク質に結びつくことが示されていますが、O型はこれらの糖タンパク質がないため、相対的にマラリアに感染しにくいとされます。

このため、マラリアが頻繁に発生する地域では自然選択によってO型が有利になり、高い比率で存在するようになったと考えられています。

例えば、ラテンアメリカではマラリアが広く流行していた歴史があり、この地域でO型が多いのは、そのような病原体との相互作用が一因とされます。

一方で、ヨーロッパやアジアでは他の病気が流行した歴史があり、それらの病気との関連で異なる血液型が選択された可能性があります。

もし特定の抗原にしか反応できない場合(たとえば人類全員がA抗原にしか反応できない場合)1種類の強烈な病原体の攻撃により、その地域の人類が全滅してしまったでしょう。

一方、このシステムにも例外があります。

O型が誰にでも輸血できる理由

O型の赤血球には、免疫システムに目をつけられてしまうA抗原やB抗原が存在しないため、O型の血液はA型の人もB型の人もAB型の人にも使うことができます。

またAB型の人はもともと自分の体内にA抗原とB抗原が両方を持つ赤血球が存在しており、自分の赤血球を攻撃しないように、これらを攻撃する仕組みがなく、誰の血液型でも輸血することが可能です。

そのためどんな血液型の患者にも輸血できる汎用輸血液を作成するには、赤血球上に存在する A 抗原やB 抗原をどうにかして、免疫システムに狙われないようにする必要があります。

新たな研究ではこの方法で革新的発見がありました。

なんと私たちの腸内細菌のなかに抗原を溶かしてくれる酵素を持っているものが発見されたのです。