日本政府が目指した「観光立国」とは一体何だったのか。人口減による人手不足や公共交通の減便といった問題をはじめ、物価の高騰、メディアの過剰報道など、観光を取り巻く環境は楽観を許さない。
『観光消滅-観光立国の実像と虚像』(中央公論新社)より一部抜粋・再構成してお届けする。
観光自治体”消滅”の現実性
『観光消滅』とは、2014年に発表された日本創成会議のレポート「消滅可能性都市」に基づいてまとめられた、座長である増田寛也元総務相の編著書『地方消滅』を意識している。「人手不足」について述べていく前に、まずこの報告について見ておこう。
このレポートは、日本の自治体のほぼ半分にあたる896の市町村について、出産の適齢と考えられる若年女性人口(20~39歳)が2010年から2040年までに50%以上減少すると予想される自治体について、将来消滅する可能性ありとして警鐘を鳴らした。このインパクトは甚大で、当時東京23区で唯一消滅可能性自治体に名指しされた豊島区ではとりわけ行政の驚きは強く、その後様々な施策が打たれた。
そしてその10年後の2024年4月、今度は民間の有識者で作る「人口戦略会議」が同様の手法で消滅可能性自治体のデータを更新。前回より減って744の自治体が「消滅可能性あり」に分類された。
人口は自然増減だけでなく社会増減も大きく影響するので、社会増を促す転機があれば、この予測は変わる。また、そもそも若い女性の数だけで将来人口を占うのは、女性を「子どもを産む役割」だと固定して議論を進める危うさもないではない。いうまでもなく「女性だけ」では子どもは生まれない。さらに、このリストに入っていなければ安泰かというと決してそうではない。
そもそも少子化は国全体の問題で、立地や産業構造上、少子化が早く進む地域を名指しで悪者扱いするようなこの発表への批判は根強い。そうした留保を頭に入れたうえで2024年に発表された新しいデータを眺めて気づくのは、日本を代表する観光地を抱える自治体、あるいは観光に頼ることで成り立っていると考えられる市町村が数多く「消滅可能性自治体」に入っているという事実である。
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「地方消滅」はイコール「観光消滅」
筆者が観光都市、観光自治体と考える市町のうちのいくつかをピックアップして、若年女性の減少率と2020年の人口(国勢調査から)、ならびに2050年の予想人口を一覧にまとめた。
このうち、石川県加賀市は、山中、山代、片山津などの加賀温泉郷を抱える一大温泉都市で、2024年3月には、北陸新幹線の延伸により東京から乗り換えなしで市の玄関駅に降り立てるようになった。これからさらに観光客を迎えようと意気込む時期に、「消滅可能性自治体」と烙印を押されてしまったわけである。
ちなみに2024年元日に大震災に見舞われた能登半島では、中能登町以外のすべての自治体が「消滅可能性自治体」に分類されている。発表されたデータには地震の影響は含まれていないので、残念ながら消滅の可能性はこのデータ以上に高まるかもしれない。
高知県の土佐清水市は一般にはなじみのない都市名かもしれないが、四国最南端の足摺岬や日本初の海中公園(現在は「海域公園」と呼称)である竜串などを抱える観光都市である。しかし、すでに人口減が著しく、「市」であるにもかかわらず、2020年時点で1万2000人ほどにまで減っている。そのうえ、若年女性人口がその後30年で4分の1にまで減ると見込まれ、人口はわずか5000人程度になると予想されている。
観光客を迎えるには、当然のこととして多くの人手が必要となる。どんなに美しい景観があっても、その景観を保全したり、観光施設を運営したり、飲食店や土産物店を維持したりするには、その産業に従事する人が必要である。若年女性人口が5割以上減る自治体は、人口も当然ほぼ半減に近くなる。日々の暮らしを維持するだけでも大変なこうした自治体で、観光に割ける人材はどれくらい見込めるだろうか? 「地方消滅」はイコール「観光消滅」であるともいえそうな、冷酷な数字である。