「俳優は聴者の仕事だと思っていました」ろう者の俳優・忍足亜希子が感じる映画業界の変化と演技を通して世の中に伝えたいこと

9月20日全国公開の映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』は、聴覚障害の両親から生まれた主人公・大(吉沢亮)の心の成長を描いた物語。大の母を演じているのは、ろう者俳優の忍足(おしだり)亜希子。あまり聞きなれない「ろう者俳優」という仕事とは? 彼女にその生き方について話を聞いた。

自分だけが聞こえないからひとりぼっちだった

――今回出演される映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』では呉美保監督から直接、出演依頼があったそうですが、その経緯を教えてください。

忍足亜希子(以下、同) 呉監督は、ろう者の役には、実際にろうの俳優をキャスティングしたいと考えていたそうで、私に声がかかりました。私が演じた主人公の母親の明子は常に笑顔を絶やさないやさしさと芯の強さを秘めた女性で、息子とともに彼女の心も変化していきます。「難しい役ですが、忍足さんならできるはずです!」と呉監督に言われました。

若い頃の明子も演じるので少し不安だったのですが、「優秀なメイクさんがつくので大丈夫です」とおっしゃってくださったので(笑)、「頑張ります!」と出演を決めました。

――脚本を読んで、明子はもちろんですが、大の気持ちにも共感したそうですね。

ろう者の両親から、聴力のある息子が生まれ、彼はコーダ(※聞こえない、聞こえにくい親を持つ聴者の子ども)の役割を担うことになるんです。大は成長とともに、親の通訳をやることに抵抗したり、なぜ自分だけ聴力があるのかと悩んだりします。私は大とは逆で、聴力のある両親から生まれたろう者ですが、そんな彼の気持ちが私にはわかるんです。

家族の中で自分だけが違う。自分だけが聞こえないから、ずっとひとりぼっちでした。「なんで私だけ聞こえないの? お母さんの耳を私にちょうだい」と言ったこともあったそうです。私は覚えてないですが、母にそう言われました。大も家族の中で自分だけが聞こえるので、疎外感があったと思うんですよね。だから大の気持ちがわかりすぎて、心が痛くて、泣きながら脚本を読みました。

――呉監督から、“明子はいつも明るく笑顔の女性”と言われたそうですが、その笑顔の裏には明子さんにとってのドラマもあると思います。忍足さんはどう解釈して演じましたか?

明子は私と同じで、両親は聴者で彼女だけがろう者です。夫になる陽介(今井彰人)と出会い、恋に落ちて結婚したいと思いますが、彼もろう者なので、明子の両親は「生まれてくる子どもに障害があったらどうするんだ」と大反対。それでも明子は陽介と一緒にいたいから駆け落ちをするんです。

昭和世代の親で田舎暮らしなので、周りの目を気にしますし、明子の両親は言いにくいこともバンバンと口にするタイプ。そういう親のもとで育った明子はどういう女性なのかと呉監督と一緒にすごく考えました。好きになった人と駆け落ちしてまで添い遂げようとするのですから、親がなんと言おうと、強い信念と覚悟を持った女性ですねという話をしました。

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「手話は見る言葉」という吉沢亮のコメントがうれしかった

――幼い頃の大は「お母さん大好き」ですよね。でも成長して次第に自分の親は、友だちの親とは違うことに気づいて悩み始めるシーンは、大が家族の問題に初めてぶつかったと思いました。

両親に聴力がなく、手話でしか会話できないことを友だちにはからかわれるし、「なぜ僕の家だけ」と葛藤を覚えはじめます。思春期と重なったこともあり、大は反発して手話で話さなくなっていきますが、明子は負けずにどんどん手話で話しかける。でも大は振り向いてくれない……という時期が長く続くんですね。

私は息子だからこじらせたのかなと思いました。娘だったら、こんなに長く親と距離を取らなかったのではないかと思います。

――忍足さんには娘さんがいるんですよね。

12歳の娘とはコミュニケーションも多く、「お母さん、おもしろいね」とよく言われます(笑)。親子ですがいつも対等な感じがするんです。私たち親子は手話のコミュニケーションがいい方向に作用しているのかもしれません。

――息子の大を演じた吉沢亮さんも本作では手話に挑戦していました。共演はいかがでしたか?

素晴らしかったです。吉沢さんは、普通のセリフも話しつつ、家族のコーダとしての役割、そして自分の気持ちを手話で表現するという、3つの難しい要素をこなさなければなかったので、撮影の合間などは声もかけられないくらい役作りに集中されていました。

過酷だったと思うので「吉沢さんが手話嫌いにならないといいな」と心配をしていましたが、「手話は見る言葉、相手と目を合わせなければ会話が成立しないんですね。すごくおもしろいです」と言ってくださって、ホッとしました。