「俳優は聴者の仕事だと思っていました」ろう者の俳優・忍足亜希子が感じる映画業界の変化と演技を通して世の中に伝えたいこと

なりたい仕事に就けない、夢は持てないと言われてきた

――忍足さんのキャリアについて聞きたいのですが、1999年に映画『アイ・ラヴ・ユー』で、日本初のろう者の主演俳優としてデビューしましたが、子どもの頃から俳優に憧れていたのでしょうか?

俳優になろうなんて、まったく考えていませんでした。俳優は聴者の仕事だと思っていたので。演じるときは、スタッフやキャストの皆さんとの言葉のコミュニケーションが必要ですよね。だから、ろう者には向いていないと思っていました。

それに子どもの頃、ろう学校の先生に「キャビンアテンダントになりたい、俳優になりたい、いろいろな将来の夢があるかもしれないけど、ろう者は会話ができないから無理だよ」と言われたんです。だから俳優の仕事は選択肢にありませんでした。

――映画のオーディションに挑戦したのは、特別な理由があったのですか?

友だちがとても熱心に『アイ・ラヴ・ユー』のオーディションを受けなよ!と勧めてきたんです。「じゃあ受けてみようかな」と思ったのがきっかけですが、もうひとつ理由があります。それは、この映画に出演すれば、本当のろう者の世界をもっと世間の人に知ってもらえるかもしれないと思ったからです。

――ろう者のイメージを一新したい気持ちがあったのですか?

映画やドラマで、ろう者が登場する作品は多くありますが、どれも描き方が暗いんです。“孤独、寂しい”というステレオタイプのろう者として描かれることが多く、「そうじゃないのに」と思っていました。手話にもいろいろなスタイルがありますし、ろう者にもいろいろなタイプの人がいます。リアルな“ろう者の世界”をみなさんに知ってほしいと思いました。

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ろうの俳優にとって現場で必要なのは情報の共有

――実際に映画に出演されてみて、現場で不自由なことはなかったですか?

ろう者にとって重要なのは情報なんです。撮影現場には手話通訳の方がいる環境なので、情報の保障がされており、不自由なことはありません。必要な情報が他の俳優さんと同じように平等に入ってきます。監督がどうしたいのかという情報がスタッフや共演者と共有できていれば大丈夫です。

――情報の共有はコミュニケーションにも繋がりますよね。

これまで、ろう者の役でも聴者の俳優さんが演じることが多かったと思うのですが、この映画に登場するろう者は、呉監督がリアリティを追求するためにろうの俳優さんをキャスティングしています。だから手話も他者とのやりとりも自然でとてもよかったです。

映画のスタッフとろうの俳優たちが密にコミュニケーションをとって作る映画は、これまでの現場ではあまりなかったと思うので、時代はいい方向に変わってきました。こういう映画がもっと増えるといいなと思います。

取材・文/斎藤 香 撮影/恵原裕二

映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』
(2024)上映時間:105分/日本
9月20日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

宮城県の小さな港町。五十嵐家に男の子が生まれ、大(吉沢亮)と名付けられる。陽介(今井彰人)と明子(忍足亜希子)はろう者だが、大は聴者だった。やがてコーダとして親の通訳をするようになる大だが、次第に、両親がろうであること、コーダとして頼られることに反発するようになっていく。

監督:呉美保 『そこのみにて光輝く』(14)、『きみはいい子』(15)等
主演:吉沢亮 『キングダム』シリーズ、『東京リベンジャーズ』シリーズ等
脚本:港岳彦 『ゴールド・ボーイ』(24)、『正欲』、『アナログ』(23)等
原作:五十嵐大「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」(幻冬舎刊)
企画・プロデュース:山国秀幸 『オレンジ・ランプ』(23)、『ケアニン』シリーズ等
手話監修協力:全日本ろうあ連盟
製作:「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会(ワンダーラボラトリー/博報堂DYミュージック&ピクチャーズ/ギャガ/JR西日本コミュニケーションズ/アイ・ピー・アイ/アミューズ/河北新報社/東日本放送/シネマとうほく)
配給:ギャガ
©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会