『逆襲のシャア』における戦闘シーンで見られた「バルーンデコイ」は、ひと目で囮と分かるものでした。実際の戦場で使用されるものも同様にひと目で風船と分かるものですが、これが実に有効な兵器であることが証明されています。
映画でのワンシーンを再現…確かにこんな感じのディテールでした。「ソフビ 1/144 ダミーバルーン」(BANDAI SPIRITS) (C)創通・サンライズ
【画像】「こんなのどう見分けんだ…」こちらが戦車の最新デコイ、自走までしちゃいます!
ひと目で風船とわかっても実はそれで十分だった!
『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』において印象的なギミックとして登場した「バルーンデコイ(ダミーバルーン)」は、モビルスーツ(MS)や戦艦を模した巨大な風船を膨らませ、敵を欺くというものでした。一見するとすぐに見破られてしまいそうにも思えるこのアイデアは、実は現代の戦場においても実用的な兵器として注目され、多用されています。バルーンデコイはどの程度、有効なのでしょうか。
『逆襲のシャア』で確認できるバルーンデコイは、宇宙空間に放出すると1秒程度で膨らみ、実物大の囮(おとり)を生成するというものでした。しかしそのディテールは決して精緻とはいえず、映像ではリアリティに欠いた人形のような物体であるかのように描写されており、近くで見ると簡単に偽物であると見分けられそうな質でしかありません。
とはいえ劇中においても何回か使用され、かなりポピュラーな装備となっていることがわかります。おそらく遠距離では実機と識別困難であるか、また近距離においても瞬間的に判断を遅らせる効果は十分にあるか、少なくともやらないよりはマシであると考えられます。
実世界におけるバルーンデコイは、宇宙世紀の世界観のように瞬間的に膨らませることはできません。例えば戦闘機を模したバルーンデコイはちょうどMSと同じくらいのサイズ(十数mから20m)になりますが、電動ポンプを使い数十分程度の展開時間が必要です。そのため戦闘中に使用するのではなく、あらかじめ基地などに設置しておき、ミサイルを誘引するといった使い方がメインになります。
バルーンデコイを実際に近くで見ると子供用のアスレチック遊具のような外見であり、そのディテールはやはり決して精緻とはいえません。しかしミサイル攻撃のためのターゲティング(標的選定)を行う手段は、スパイ衛星ないし偵察機、ドローンによって撮影された画像が使用されます。これらは遠方から超望遠レンズで撮影することになりますから、バルーンデコイを実機と識別することは非常に難しくなり、十分に囮としての効果を発揮できるというわけです。
F-15E「ストライクイーグル」(画像:アメリカ空軍)
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実際の戦場におけるとんでもない成果!
純粋なバルーンデコイは映像センサーしか騙(だま)すことはできず、赤外線やレーダーには効果がありません。しかし電熱ヒーターを用いることで赤外線センサーを騙すものや、電波反射板を取り付けレーダーに対する擬態も可能なものも存在します。騙す方と、見破ろうとする方の攻防はこれからも続いていくに違いありません。
バルーンデコイが効果を上げた興味深い事例としては、1991年の湾岸戦争が挙げられます。イラク軍は「スカッド」地対地ミサイルによる周辺国への無差別攻撃を行いました。それに対抗するためアメリカを筆頭とする多国籍軍は、当時の最新鋭機であるF-15E「ストライクイーグル」を投入し「スカッドハンティング」を実施します。
スカッドハンティングは順調に行われたように思われました。ところが戦後、調査してみると、航空攻撃によって撃破したと報告されたスカッドの多くは、実際にはバルーンデコイであったことが判明します。当時のF-15Eは画像センサーで対象を確認でき、誘導兵器によって精密爆撃が可能な数少ないハイテク戦闘機でした。そのF-15Eが古典的な方法によって無力化されていたのです。
湾岸戦争から30年が経過しましたが依然としてバルーンデコイは有効であり、2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻戦争においても多用されています。HIMARS地対地ミサイルなどを模したバルーンデコイが精密爆撃で破壊される映像がネットに流れており、確認することができます。
バルーンデコイはシンプルである分、民間産業でも簡単に生産することができますし、価格もせいぜい数十万円です。1発1億円の巡航ミサイルを消費させられ、数十億円の兵器の身代わりとなるのですから、コストパフォーマンス抜群の兵器であるといえるでしょう。