身近な細菌に「ヒトの生き血を吸う能力」を発見!”細菌吸血鬼症”と命名 / Credit: WSU – Deadly bacteria show thirst for human blood(2024)

人間の生き血を吸う細菌が私たちの身近にいたようです。

米ワシントン州立大学(WSU)の医学研究チームはこのほど、サルモネラ菌や大腸菌など、私たちにもなじみ深い細菌にヒトの血液をかぎつけて吸血する能力があることを発見しました。

チームは新たに見つかったこの現象を指して「細菌吸血鬼症(bacterial vampirism)」と呼んでいます。

では、私たちはどんな場合に細菌吸血鬼症にかかる恐れがあるのでしょうか?

研究の詳細は2024年4月16日付で科学雑誌『eLife』に掲載されています。

目次

細菌はどんなときに血中に侵入するのか?細菌の吸血能力を発見!

細菌はどんなときに血中に侵入するのか?

細菌は自然環境や生き物の体内を含め、ありとあらゆる場所に存在しています。

当然ながら私たちヒトの体内にも無数の細菌が常在していますが、健康なときは免疫系によって制御されており、血中に入るようなことはありません。

しかし病気などが原因で、体内に損傷が起きるとそこから有害な細菌が血中に侵入し、重篤な感染症を引き起こすことがあります。

特に研究チームが言及するのは「炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)」です。

IBDは大腸で炎症が起きることにより、大腸内の粘膜が傷つき、腹痛や下痢、血便を起こします。

ただIBDでも大抵はこの程度の症状で済みますが、クローン病や潰瘍性大腸炎のように重症度の高いものになると、腸内出血を起こすリスクが極めて高くなり、その傷口から細菌が血中に感染することがあるのです。

こうして血流感染症を起こすと細菌が血中で増殖し、敗血症(=急速な組織の損傷または多臓器不全)を招いて、最悪の場合は死にいたる恐れもあります。

下図に示すように、IBD患者のうちで腸内出血を起こす割合は10〜20%で、そこから血流感染症となって死にいたる割合は2%です。


サルモネラ菌をモデルにした感染例(上から感染期・潜伏期・前兆期・発病期・回復期)。発病期で1〜2割に腸内出血が見られ、血流感染症が起きる恐れも / Credit: Arden Baylink et al., eLife(2024)

その一方で、研究者たちは「腸内に傷口ができたとしても、どうして細菌がこれほど器用に腸内から血中に侵入して感染症を引き起こすのかよくわかっていなかった」と話します。

この疑問をもとに研究チームは、最も一般的に血流感染症を引き起こすことが知られている細菌を対象に、血液に対してどのような反応をするかを実験で調べてみました。

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細菌の吸血能力を発見!

チームは今回、私たちの身近にいる細菌を対象に実験したところ、サルモネラ菌(学名:Salmonella enterica)、大腸菌(学名:Escherichia coli)、シトロバクター・コセリ(学名:Citrobacter koseri)の3種類にヒトの血液を感知して、吸血する能力があることを新発見しました。

さらにこれらの細菌は、ヒトの血液全体を狙っているのではなく、血液の液体部分を構成する「血清(けっせい)」をターゲットにしていることが判明しています。

採血した血液を放置すると沈澱部と上澄みに分かれますが、その薄黄色の上澄みにあたるのが血清です。

特に細菌たちが餌として狙っていたのは血清の中の「セリン」というアミノ酸でした。


ペトリ皿上に見えるサルモネラ菌のコロニー / Credit: WSU – Deadly bacteria show thirst for human blood(2024)

さらにチームは高性能顕微鏡を用いて、ごく微量のヒト血清を置いた場所に細菌がどのように移動するのかを観察することで、腸内出血時の血流感染プロセスをシミュレートしてみました。

その結果、細菌の反応は海の中に落とした血液を嗅ぎつけるサメのごとく迅速で、血清を見つけるまでに1分もかからなかったといいます。

サルモネラ菌の体を調べてみると、「Tsr」と呼ばれる特殊なタンパク質受容体があり、これが血清のありかを感知して、そこへ素早く移動するのを可能にしているのではないかとチームは指摘しました。

このタンパク質受容体が、まるで磁石のように血清中の何らかの成分と惹かれ合うのかもしれません。


細菌が血清を見つけるプロセスを観察 / Credit: WSU – Deadly bacteria show thirst for human blood(2024)

何はともあれ、細菌の吸血能力が明らかになったのは初めてであり、チームはこれを「細菌吸血鬼症(bacterial vampirism)」と独自の名前を付けました。

この新たな知見は、血流感染症を未然に防ぐ方法を開発する上で重要な情報となります。

研究主任のシエナ・グレン(Siena Glenn)氏は「これらの細菌がどのようにして血液の供給源を検出できるのかを知ることで、将来的にはこの能力を阻害する新薬の開発が可能となるでしょう」と話しています。

参考文献

Deadly bacteria show thirst for human blood
https://news.wsu.edu/press-release/2024/04/16/deadly-bacteria-show-thirst-for-human-blood/

Scientists find ‘vampire’ bacteria that has a thirst for HUMAN blood
https://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-13315303/bacterial-vampirism-infections-IBD.html

元論文

Bacterial vampirism mediated through taxis to serum
https://doi.org/10.7554/eLife.93178.2

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。