植物学賞:一部の植物には視覚があり隣の植物の形状を模倣している
3番目に紹介するのは、植物に視覚がある可能性について言及した「植物学賞」になります。
論文の著者であるジェイコブ・ホワイト氏とフェリペ・ヤマシタ氏は当初、熱帯雨林に生えているギンバイカと呼ばれる低木の研究をしていました。
ギンバイカの葉は船型の形状をしており、先端に向けて細くなっています。
しかし研究者たちがよく観察してみると、ギンバイカの葉だと思っていた葉の一部が、B. trifoliolata(ボキラ・トリフォリアータ)と名付けられた「つる植物」から生えていたことに気が付きました。
通常のB. trifoliolataの葉は3つ股に別れた形状をしていることが知られており、ギンバイカの船型の枝分かれの無い葉とは大きく形状が異なります。
そこで研究者たちはその日の探索をB. trifoliolataに集中することにしました。
すると驚くべきことに、発見されたB. trifoliolataの約半分が、巻き付いている宿主の葉や、隣接する植物の葉に似た形状をしていることを発見します。
黄色の矢印がB. trifoliolataはそのとなりの植物の葉に擬態している/Credit:Ernesto Gianoli . Trend in Plant Science (2017)
上の図の黄色の矢印で示したものがB. trifoliolataです。
よく見ると、B. trifoliolataの隣にある植物の葉に似た構造に変化していることがわかります。
擬態の精度はそこまで高くありませんが、単一の植物がここまで多様な葉の形態をとることは驚きです。
そこで研究者たちは、B. trifoliolataには植物特有の単眼を介した視覚システムがあると考え、プラスチックの葉を使った実験を行うことにしました。
もしB. trifoliolataが植物ホルモンをはじめとした生化学的な方法で擬態を行っているのならば人工的なプラスチックの葉を真似ることは不可能なはずです。
無生物のプラスチックは有用な揮発性物質を放出したりしないからです。
一方、B. trifoliolataが視覚的な方法を採用している場合、プラスチックの葉でも問題なく擬態ができるはずです。
プラスチックの葉をB. trifoliolataはどのように認識してるのだろうか?/Credit:Jacob White &Felipe Yamashita . Plant Signaling & Behavior (2020)
結果、B. trifoliolataはプラスチックの葉を見事に模倣していることが判明。
研究者たちはB. trifoliolataは近くの植物の葉の形状を視覚的に検知することで模倣を達成していると結論しました。
植物に目のような仕組みがあるとする主張に対して多くの植物学者たちから意義が唱えられていますが、生きていないプラスチック葉の形状を模倣するには、視覚情報以外に説明のしようがないのも事実です。
ただ視覚情報を処理して擬態を達成するには、視覚情報を処理する脳のような複雑な情報処理システムが必須です。
一部の研究者たちは植物の根が神経回路のように情報処理を行っていると主張していますが、詳しいことはわかっていません。
もしB. trifoliolataの模倣の仕組みが視覚的なものであることが実証されれば、イグノーベル賞ではなくノーベル賞が贈られることになるでしょう。
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生理学賞:多くの哺乳類は肛門で呼吸できる
医療の現場において、患者の肺に酸素を送り込む「人工呼吸器」は必要不可欠な存在です。
近年では、患者の血液の中に高濃度の酸素を溶け込ませて供給するECMO(エクモ)なども開発されましたが、体への負担が大きく改善の余地がありました。
このような負担を減らすため、日本の東京医科歯科大学と大阪大学で教授を務める武部貴則さんらの研究チームは新たな酸素供給方法として、ドジョウなどが行っている腸呼吸に着目しました。
ドジョウは酸素が少ない環境に置かれると、エラだけでなく腸でも呼吸を始めます。
彼らは酸素不足に反応し、肛門付近の腸組織を変化させることで、効率的に酸素を取り込めるのです。
もし人間でも同じように肛門からの腸に向けての酸素供給が可能であれば、肺と腸の両方での人工呼吸が実現し、患者に対してより効果的に酸素を供給することが可能になります。
そこで研究チームはマウス、ラット、ブタなどの哺乳類における腸呼吸の可能性を探ることにしました。
高濃度の酸素を肛門から注入している様子/Credit: Takanori Takebe et al., Med(2021)
調査にあたってはまず、動物たちを低酸素状態に置き、次に高濃度の酸素が溶け込んだ液体に体を浸し、肛門から体内に酸素を送り込みました。
するとテストした全ての動物の血中酸素濃度が大幅に増加し、何もしなかった動物と比べて生存時間が数十分単位で伸びていることが確認できました。
研究チームは大量の酸素を解かせるフッ素化合物を利用して、近いうちに臨床試験を行う計画だと述べています。