ルイ・ヴィトン本社で17年勤めた私が、退職後にフランスで作家になった理由。

たくさん回り道をしているうちに、夢を実現する力が身についていた

──「本当にやりたいこと」とは、どんなことなのでしょう。

最初は何がなんだか分からないままがむしゃらにやっていた広報の仕事も、マネジャー、ディレクターとステップアップするにつれてできることが増えて、自信もついていきました。あるとき、「私なりに、ここでの仕事はやりきったな」と思えたんです。同時に、「学生の頃の夢には、まだ手つかずだな」と気がついたんですよね。

──「フランス語で物を書きたい」という夢ですね。

はい。学生の頃は、ただ「フランス語で物を書きたい」という漠然とした夢を持っているだけで、何を書きたいのかまでは分からなかったんですよ。そもそも、何かを発信できるような経験もありませんでした。でも、パリで楽しいことも、苦手なことも、辛いことも、うれしいことも経験していく中で、徐々に書きたいことが見えてきて。

フランスの文化や芸術が好きな日本人が多いように、実は日本の文化や芸術が好きなフランス人もとても多いんです。最近では、“侘び寂び”の精神など、日本ならではの価値観に興味・関心を持つ人も増えているんですよ。一方で、フランス人がフランス人の視点から日本について書いた書籍はたくさんあるけれども、日本人の視点からフランス人に向けて書いたものはほぼありません。

私は生まれも育ちも日本だから、日本人の文化や価値観はもちろん分かります。そして、日本で過ごしたのと同じくらいの時間をパリで過ごしてきたから、パリジェンヌの思考も分かる。20年前の私には「書きたい」という気持ちしかなかったけれど、パリでたくさんの経験をしてきた今の私なら、書けるものがある。そして長年広報をしてきたから、必要としている人に届ける方法も分かります。

──学生時代からの夢と、積み上げてきた経験とスキルが合致したのですね。これまで積み上げてきたキャリアを手放すのに、迷いはなかったのでしょうか。

長年勤めた会社を辞めるのは、もちろん不安もありました。でも、「フランス語で日本のことを発信したい」という本心に気づいちゃったから。自分の気持ちに野心的なのが“パリジェンヌ”ですからね。

あとは、万が一キャリアチェンジに失敗しても、「私ならなんとかなる」という自信もありました。「苦手」「辛い」と思いつつ、目の前のことに必死に取り組んできたからこそ、自分で自分を認められるようになったのだと思います。

──過去の藤原さんのように、「今の仕事は自分には向いてない」「やりたいことができない」と悩んでいる人は多いですよね。

やりたいことを仕事にしている人こそ少数派で、どこかで折り合いをつけながらはたらいている人が大半だと思います。かつての私もそうでした。でも、どんな仕事にも面白い部分はあると思うんです。それを見つけるためには、まずはなんでも真剣に取り組んでみるのが大事だと思います。

その結果、「やっぱり違う」と思うかもしれません。でも、どんな経験もきっといつか糧になります。私はたくさん回り道をしたからこそ、「物を書きたい」という夢物語を、実現する力が身についたと思っています。

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周りばかりじゃなく、自分ともうまく付き合う努力をする

──藤原さんは20年以上、自分を大事にすることが得意なパリジェンヌたちと過ごしてきました。藤原さんの著書『パリジェンヌはすっぴんがお好き』では、彼女たちから学んだ仕事術も掲載されていましたね。

パリジェンヌから学んだ、はたらく上で大切にしたいことはいくつかあります。その中でも私が特に大事にしているのは、「自分を褒めること」と「自分とうまく付き合うこと」の二つです。

まず、日本人は、仕事で褒められても「私なんてまだまだ」と謙遜する人が多いですよね。でも、自分を過小評価しすぎると、仕事も楽しくなくなってしまいます。一方でパリジェンヌたちは、自分で自分を褒めるのがとっても上手。褒められたら「私すごいでしょ?」と素直に答えるし、もし失敗をしても「そもそも頑張っている私は偉い!」と思っている。そんな考えだからか、彼女たちはポジティブに、楽しそうに仕事をしています。私も口先だけでも真似を続けてみたら、不思議なことに自信がついてきたんですよ。

次に、日本人もパリジェンヌも、社会人、妻、親などいろんな「肩書」を持っていて、忙しい毎日を送っているのは同じです。肩書が増えれば増えるほど人付き合いも増え、人間関係に悩む場面も増える傾向にあります。このとき、日本人は「周りとうまく付き合うにはどうしたらいいか」と考える人が多いように思いますが、パリジェンヌは「どうしたら自分とうまく付き合えるか」を考える人が多いんです。自分のご機嫌をとるために、仕事相手はもちろん、パートナーにも子どもにも邪魔されない、「自分とじっくり向き合う時間」を大切にしているんです。

日本人のなかには、周りに気を遣ってばかりで、自分の気持ちを押し殺している人も多いはず。でも、忙しい日々の中では意識して自分の時間をとらないと、どんどん流されていってしまいます。パリジェンヌに自分を大切にできる人が多いのは、彼女たちが日々自分と向き合うことを、幼いころから当たり前にやってきたからなんです。

──仕事だけでなく、人生そのものにも活かせそうです。最後に、やりたいことはあるけれども、周りに言えなかったり、一歩進めなかったりする方に向けてのメッセージをいただけますか。

自分の夢を打ち明けるって、勇気がいりますよね。学生時代の私も、「『フランス語で物を書いてみたい』なんて言ったら、きっと周りから反対される」「非現実的だと言って、笑われるかもしれない」と思って、誰にも言えませんでした。
でも、周りに言えないからと言って、その気持ちを“なかったこと”にはしないでほしいです。パリジェンヌのように、決して捨てずに胸に持っておいてください。

そして、まずは目の前のことに真剣に取り組んでみてください。そしたら、私のように夢と積み重ねてきた経験が重なる瞬間が訪れるかもしれません。当時の夢はかなわなくても、いろんなことを経験するうちに新しい夢ができるかもしれません。人生、ムダな経験は何一つないですから。

(文:仲奈々 編集・写真:いしかわゆき)

【書籍情報】「パリジェンヌはすっぴんがお好き」(ダイヤモンド社)

ルイ・ヴィトン本社に17年間勤務しPRトップをつとめた「もっともパリジェンヌな日本人」が、どうすれば自分なりの生き方を貫くことが出来るのかを提案する1冊。悩みも愚痴もため込まないパリジェンヌの生き方、恋愛、仕事術が詰まっています。