高所からの落下にも関わらず生存した人はいるようです / Credit:canva

2023年8月、アメリカのグランドキャニオンで奇跡の生還を遂げた少年が世界中で話題になりました。

家族旅行でグランドキャニオンを訪れていた13歳のワイアット・カウフマンさんは、他の人の記念撮影の邪魔にならないようにと場所を移動した際、誤って崖から約30メートル下に落下してしまったのです。

救助には2時間もの時間を要し、ワイアットさんは9箇所の脊椎の骨折、脾臓の破裂、肺気胸、手の骨折、脱臼、脳震盪といった重傷を負いましたが、奇跡的に命に別状はありませんでした。

しかし、30メートルといえばマンションの10階に相当する高さです。普通であれば命を失ってしまいそうなものですが、ワイアットさんはどのようにして助かることができたのでしょうか。

実は世界には、ワイアットさんと同じように生存不可能と思われる高さから落下し、生還を成し遂げた人が多数います。

一体、彼らはどのようにして高所の落下から生き延びることができたのでしょうか? そしてその条件とはどのようなものなのでしょうか。

目次

高所からの落下にも関わらず助かった人たち生存の要因は、主に姿勢と地面の状況

高所からの落下にも関わらず助かった人たち

人はどれくらいの高さから落ちたら命を落としてしまうのでしょうか。

もちろん打ちどころの良し悪しもあるかとは思いますが、アメリカの南カリフォルニア大学ケック医学部の外科教授であるデメトリオス・デメトリアデス博士は、「通常、60フィート(約18メートル)以上の高さから落下した場合、命を落とす可能性は非常に高く、80フィート(約24メートル)以上の高さから落下した場合、生き残ることは奇跡である」と語っています。

落下による危険は、重力による加速度が問題で、高い位置から落ちるほど地面に到達するときの速度が上昇します。

そのため18メートル以下でも十分に危険ですが、それ以上の高さは命を落とすリスクが特に高まるというのです。

しかし、過去にはこの18メートルという高さとは比べ物にならないほどの位置から落下しながら、生還を成し遂げた人たちが存在しています。


高所からの落下はスカイダイビング中の事故が多いようです / Credit:canva

2019年、カナダ・ケベック州で高度約5000フィート(約1524メートル)からスカイダイビングを行った30代の女性が、パラシュートが開かないまま落下したものの、奇跡的に生還したという事故がありました。

また、2021年11月、米バージニア州サフォークに住むジョーダン・ハットメーカーさんは、上空1万3500フィート(約4100メートル)からスカイダイビングを行った際、補助パラシュートが絡まりパラシュートを開けないまま地面に激突。背骨、脚、足首などに骨折を負いましたが、奇跡の生還を果たしました。

1972年1月、ユーゴスラビア航空の客室乗務員だったベスナ・ヴロヴィッチさんは、乗っていた飛行機が突如爆発、約3万3333 フィート (約1万160 メートル) の高さから外に投げ出され、そのまま落下しました。

しかし、彼女も重症は負ったものの一命はとりとめました。

なお、ベスナさんのこの生還劇は、パラシュートなしで最も高い位置から落下し助かった人としてギネスに記録されています。

ここで紹介した3例の事故は、1500メートルを超える飛んでもない高所からの落下にも関わらず、奇跡的に生還した事例です。こうした例は、この他にも主にスカイダイビング中の事故を中心に多数存在しています。

では、これらの人々はなぜ高所の落下でも生還できたのでしょうか?

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生存の要因は、主に姿勢と地面の状況


落下速度は時速200キロを超えることもあります / Credit:canva

高所からの落下で命を左右する要因は、さきほども少し触れましたが地面に衝突する時の速度が関係します。

高いところから落下すればその分加速が付くため、地面衝突の衝撃は大きくなります。

とはいえ、人が落下した際の速度は、無限に加速し続けるわけではありません。

非常に高いところから落下する物体は、終端速度と呼ばれる速度に達します。

終端速度とは、物体が自由落下する際、重力と空気抵抗の力が均衡する速度のことを指します。

この速度に達すると、物体はこれ以上速く落ちることがありません。

つまり、1000メートルから落下した人でも1万メートルから落下した人でも、終端速度に達していれば、地面に激突する際の速度は同じになる可能性があるのです。

そのため専門家の説明では18メートル以上の高さからの落下は危険という話しがでましたが、より高いところから落ちたほうがより危険となるのは、数十メートルの高さから落ちた場合に限ります。

さきほど紹介した3つの事故では、約1500メートル以上の高さから落下した人と、約1万メートルの高さから落下した人がいましたが、1000メートルを超える高さから落ちた場合、これほど落下高度に違いがあったとしても危険度はほぼ一緒ということになるのです。

またこの落下速度は、衣服の形や体の姿勢、風の向きや強さなど様々な条件によって減少します。

生身の人間が、完全に無防備な状態で地面に垂直に落下した場合、最高で時速200キロから240キロ程度になる可能性がありますが、パラシュートを使用した場合は時速16キロ程度までさがります。

パラシュートを使用したときほど速度が低下しなかったとしても、どんな格好をしていたか? どんな姿勢になっていたかで、どれほど高い場所から落ちたとしても落下速度はそれなりに低下する可能性があるのです。

高所からの落下で助かった人たちは、この点で幸運だった可能性があります。

先ほど紹介した事故でも、2021年に上空約4100メートルから落下して生還した女性は、補助パラシュートが足に絡まって落下したとされていますが、補助パラシュートなどが中途半端に開いた状態が、落下速度をいくらか緩和していた可能性があります。

地面の状況が最も重要

高所からの落下でもっとも命運を分けるのが、地面の状態です。

建物から落下した場合でも、下が茂みや土の地面だった場合と、コンクリートやアスファルトだった場合では、落ちた人の生還率は大幅に変化します。

先ほどの事故の事例では、2019年、約1524メートルの高さから落下して助かった30代の女性の場合、その生還の要因となったのは落下場所が森林地帯だったため、木の枝がクッションとなったためだったとされています。

また、地面に衝突する際の角度も重要になります。

傾斜の大きい斜面に衝突した場合は、滑り降りることで落下のエネルギーが分散され地面激突の衝撃は緩和されるため、平坦な地面に衝突するよりも助かる可能性が高くなります。

飛行機事故で約1万メートルから落下して生還したベスナさんは、落下地点が雪に覆われた森林地帯だったことが助かった理由の一つだと考えられています。これも枝葉や雪がクッションになったことや、雪などに滑ることで落下のエネルギーが分散されたことが幸いしたのでしょう。

そして、衝突する際の体勢も運命を左右します。

最悪なのはもちろん頭から衝突することです。足や体の側面から衝突することが助かる確率を上げてくれるようです。

イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンのショーン・ヒューズ教授は、「横向きに体の側面から地面に衝突することが生き延びる最善の方法かもしれない」と語っています。

年齢でも生存率が変わっていた

年齢も高所からの落下の際の生存率に関わるといいます。

同じ高さからの落下事故でも、15歳未満と65歳以上とを比較すると、高齢者の死亡率は約5倍も高いのです。

「子供は回復力も高く、また、身体、特に骨は、より大きなストレスに耐えられるように設計されている」とデメトリアデス博士は述べています。

また、子供が助かりやすいという点は、終端速度にも関わってきます。

小さな子供は体重に対する表面積の比率が大きいため、空気抵抗が大きくなり、落下速度を遅くする可能性があるのです。


奇跡的に条件が重なれば高所からの落下でも生還できるかもしれません / Credit:canva

結論:最も生存率が高いのは…

ここまでの情報をまとめると、高所からの落下で最も助かりやすい条件は、衣服や姿勢などの影響で衝突時の終端速度が遅く、木や雪に覆われた傾斜の大きい斜面に体の側面から衝突し、なおかつ子供であるということになります。

ただ、これは非常に低い確率での生還条件であり、実際のところ、高所からの落下ではほとんどの人が亡くなっています。

落下時の姿勢や、落下速度を抑える何らかの条件、地面の状況、これらを落下事故に合った人が制御することはほとんど不可能です。

だからこそ、高所落下からの生還は奇跡と言われるのであり、あとから見た場合に、生存率を上げる条件は見つかるものの、助かる方法があるというわけではありません。

尋常じゃない高さから落下して生還した人は、結局のところ運が良かったというほかないでしょう。

参考文献

How do some people survive falls from great heights?
https://www.livescience.com/health/how-do-some-people-survive-falls-from-great-heights?utm_source=flipboard&utm_content=topic%2Fscience

ライター

榊田純: (さかきだ じゅん)動物、歴史・考古学、地球科学など、身近な疑問からロマン溢れる話題まで広く興味があります。どなたにでもわかりやすい記事を書くのが目標。趣味は映画、ゲーム、ウォーキング、ホットヨガ。とにかく猫が好き。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。