脳は過去15秒をまとめて知覚を作り上げていた / Credit: jp.depositphotos

走りながら撮影されたスマホの動画を見ると、ブレが酷くて見れたものじゃないということが良くあります。

しかし、私たちの同じ様に動き回っていても、視界は非常に安定していてブレているようには感じません。

たとえ激しく動き回るサッカー選手であったとしても、その視界はブレやノイズのない非常に安定した世界を見ています。

なぜ人間の視覚は手ブレカメラのような状態にならないのでしょうか?

これは長い間研究者たちを悩ませてきた疑問でした。

こうした問題に対して、カリフォルニア大学バークレー校 (University of California, Berkeley・米)の2022年の研究は、視覚の安定性を説明する新たなメカニズムが発見されました。

それによると、私たちの脳は、過去15秒間に見たものを統合・平滑化して、未来の状態を予想することで、非常に安定した視覚を作り上げていることがわかったとのこと。

研究の詳細は、2022年1月12日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。

目次

なぜ世界は「安定」して見えるのか今見ているものは「過去15秒間の平均」

なぜ世界は「安定」して見えるのか

私たちが日常の中で受け取っている視覚情報は、こちらのビデオで見れます。

右側の白い円は眼球運動を示し、左側はその位置に対応した視覚情報を示します。

左の画像を見ていると、かなり目まぐるしく情報が変化していて目が回ってしまいそうになりますね。

しかし、私たちはこうした雑多に変化する情報をそのまま見ているわけではありません。

私たちがいかに激しく視線を動かしたとしても、動画の左側に見られような、目まぐるしい変化や揺れを感じることはなく、一貫して安定した世界を知覚できています。

では、脳はどのようにして安定した視覚を作り出しているのでしょうか。

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今見ているものは「過去15秒間の平均」

カリフォルニア大のチームは最新研究で、私たちは視覚的なスナップショットをひとつひとつ分析するのではなく、過去15秒間に見たものの平均を知覚している、と発表しました。

言い換えれば、バラバラの視覚情報が互いに似て見えるようにまとめることで、脳は安定した環境の知覚を作り出しているのです。

チームは、こうした脳機能について「15秒ごとに入力される視覚情報を、日常生活に支障がないように1つの印象に集約してくれるアプリのようなもの」と表現します。

また、このメカニズムの仕組みを説明するため、次のような錯視動画を作りました。

動画では左側に映る顔は30秒かけてゆっくりと年齢を重ねていて、子供の顔から大人の顔へ変化しています。

しかし、私たちは顔が変化していることにまるで気づくことができないのです。

実際に試してみてください。

この錯覚を検証するため、チームは数百人の参加者を募り、この30秒間の動画を見てもらいました。

動画の最後に表示される顔の年齢を答えるよう求めたところ、参加者はほぼ一貫して、15秒前に表示された顔の年齢を答えたのです。

動画を見ているとき、私たちの知覚は平均化された情報によって、常に過去に偏った認識をし続けます。

この錯視動画は、私たちの見ている世界が、過去15秒間の視覚情報を脳が滑らかに整えた結果であることを示しています。

私たちはリアルタイムで最新の映像だけを追っているのではなく、実際にはそれ以前の情報を含めて未来へ向けて滑らかにつながるよう処理された映像を見ているのです。

これにより、私たちは視界の動きや角度、時間変化に振り回されることのない安定した知覚を得ているのです。

研究主任のデイビッド・ホイットニー(David Whitney)氏は、こう説明します。

「脳が本質的に行っていることは、先延ばしです。

脳は、受け取ったスナップショットをいちいち処理せず、過去の情報から予測して安定した視覚を作り出して私たちに見せています。

そのため、脳は過去の情報に特に重きを置いています。

私たちの知覚は基本的に、過去の情報を再利用しているのです。その方が今見たものを瞬間的に処理するよりも効率的で早く、労力もかからないからです」


脳が求めるのは「安定した世界」 / Credit: jp.depositphotos

視覚システムは、周囲の世界をスムーズに知覚するため、時として正確さを犠牲にすることがあります。

たとえば、映画を見るときに、俳優とスタントマンの違いといった微妙な変化に気づかないのは、このためだと考えられます。

それでも、視覚のタイムラグは、雑多な視覚情報に振り回されるのを防ぎ、安定した知覚世界を作り出すには最適です。

もし私たちの視覚を脳が常にリアルタイムで更新していたら、私たちの見る世界は光や影、動きであふれかえる混沌としたものとなっていたでしょう。

※この記事は2022年2月公開のものを再掲載したものです。

参考文献

Everything we see is a mash-up of the brain’s last 15 seconds of visual information
https://theconversation.com/everything-we-see-is-a-mash-up-of-the-brains-last-15-seconds-of-visual-information-175577

元論文

Illusion of visual stability through active perceptual serial dependence
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abk2480

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。