「+α」を提供するのがプロ
–––––はじめて夜の仕事をしたのは、何歳のときですか?
23歳のときに歌舞伎町にある老舗ゲイバー「ひげガール」で働き始めました。それまでは、普通に飲食店などでバイトをしたり、アパレルで正社員として働いたりしていました。
夜の世界に対してずっと憧れはあったんですけど、厳しいイメージがあって、私には向いてないと思っていたんですよね。でも「このままじゃ人生変わらない」という気持ちがあり、お金も稼ぎたかったので、「自分の人生、一発逆転したい!」と思って飛び込んでみました。
–––––「ひげガール」で働いてみて、どうでしたか?
上下関係が厳しく、「先輩は絶対」って感じでしたし、弱肉強食の世界でもありましたね。
お客さんからすると、女の子としゃべりたいだけだったら、普通のキャバクラに行くじゃないですか。 でも「ひげガール」のお客さんは、話が面白いとか、行動が面白いとか、見た目が面白いとか、何かしらの「+α」を求めているんですよ。それを提供するのがプロなんだなと、先輩たちの姿を見て学びましたね。ここでの経験が、私の水商売における礎(いしずえ)になっています。
–––––夜の仕事を始めた当初、どんなことが大変でしたか?
最初のころは、本当に毎日潰れて吐いていましたね。当時のお店は毎日焼酎をロックで飲むお店だったんですけど、私は焼酎が体に合わなすぎて……。先輩の席についているから断ることもできなくて、大変でした。今では良い思い出です(笑)。
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後編では、性転換手術にいたるまでの葛藤や、どのようにして「トランスジェンダー界の女帝」と呼ばれるまでに成長したのかについて聞いてみた。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班