傷の治癒状態は感じる時間の影響を受ける / Credit: Unsplash
時間の感じ方で傷の治癒状態が変わるかもしれません。
人間の精神と身体は、完全に分離できるわけではなく、相互に影響を与えあっています。
これは「心身相関」と言います。
米ハーバード大学のピーター・アングル氏(Peter Aungle)らの研究チームは、新たに主観的な時間と身体の治癒速度の関係性を調べました。
実験では、タイマーの経過速度を実験者が操作し、参加者の感じる時間を操作しました。
実験の結果、実際に経過した時間は同じでも、経過した時間が長いと感じている人ほど、第三者評価で傷の状態がより回復していると評価されたのです。
研究の詳細は、「scientific reports」にて2023年12月17日に掲載されました。
目次
精神と身体は互いに影響し合っている時間が長く経過したと感じると傷の治りが早くなる
精神と身体は互いに影響し合っている
精神と身体は互いに影響し合っている / Credit: Unsplash
大事なプレゼン前に緊張して、お腹が痛くなった。
胸を張り歩いているうちに、気分晴れてきた。
読者のみなさんにはこのような経験をしたことはありませんか。
この事実から分かることは、人間の精神と身体は、完全に分離できるわけではなく、相互に影響を与えあっているということです。
これは「心身相関」と言います。
心の動きは何らかの身体的な変化をもたらし、逆に身体的な変化は何らかの心理的な反応を引き起こすのです。
経験則だけでなく、実際に態度や考え方によって身体の状態に変化が生じることが報告されています。
伊サクロ・クオーレ・カトリック大学のフランチェスコ・パニーニ氏ら(Francesco Pagnini)の研究チームは、事前の期待が健康状態に与える影響について検討しています。
彼らはオンラインで募集した247名に、過去に風邪をひいたか(インフルになったか)、どれくらい症状が続いたか、そしてこの先また風邪をひく(インフルになる)と思うかを尋ね、その後の風邪の罹患率を調べました。
研究チームは、自分はこれから風邪を引く可能性が高いと考えている人ほど、実際に風邪にかかる可能性が高いと考えたのです。
今後自分は風邪をひくだろうを予想した人は、約5.85倍も風邪をひく確率が高くなった / Credit: Unsplash
分析の結果、今後自分は風邪をひくだろうを予想した人は、予想していなかった人と比較して、約5.85倍も風邪をひく確率が高くなったのです。
ほかにも疲労感や視力も同様に、事前の期待や思い込みによって左右されるようです。
しかし今まで時間の感じ方が身体・生理にどのような影響を与えるのかはあまり検討がされていませんでした。
一部では、血中のグルコースの増加が、実際の時間の経過よりも、感じた時間の長さとの関連がみられたり、反応時間の速さが、実際の睡眠時間の長さではなく、主観的な睡眠の長さの影響を受けることが示されています。
そこで米ハーバード大学のピーター・アングル氏(Peter Aungle)らの研究で、感じた時間の長さで身体の治癒速度が変わるのかを検討しました。
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時間が長く経過したと感じると傷の治りが早くなる
実験に参加したのは大学生33名です。
参加者には実験室に来て、カッピング・セラピーを受けてもらいました。
カッピング・セラピーとは、ガラス容器を皮膚に吸引し、鬱血状態にすることで、血行促進や老廃物の排出を促進する伝統療法のことです。
このとき、参加者には時計の代わりに、一定時間ごとに画面が緑色になるモニターを見せて、時間経過を伝えました。
この画面の変化は、すべての参加者で4分おきに統一して設定されていますが、研究者は参加者を3つのグループに分け、それぞれに違う時間間隔で緑に7回点灯するという説明を行いました。
グループ1:2分経過ごとにタイマーの画面が緑になると実験者から伝えられ、あざの観察時間が合計で14分のように感じる
グループ2:4分経過ごとにタイマーの画面が緑になると実験者から伝えられ、あざの観察時間が合計で28分のように感じる
グループ3:8分経過ごとにタイマーの画面が緑になると実験者から伝えられ、あざの観察時間が合計で56分のように感じる
こうして参加者に対して前腕にできたあざの治癒を28分間行い、あざがどれだけ回復したと感じるかを評価しました。
また評価のタイミングで、あざの様子は撮影されています。
左の画像は、実験者が参加者の前腕にカッピングをする様子。右の画像は実験時の様子。 / Credit: Aungle & Langer, (2023).
また別にオンラインで雇った27名に、最初と最後に撮影されたあざの様子を見て、どれだけあざが治っているかを評価してもらいました。
分析では、参加者の年齢、ストレス、不安やうつ病のレベルなどの変数が結果に影響を与えないように調整を行っています。
実験の結果、実際に経過した時間は同じでも、経過した時間が長いと感じている人ほど、第三者評価であざの状態がより回復していると評価されたのです。
実験の結果を改変。 / Credit: Aungle & Langer, (2023).
また主観的な評価においても、経過した時間が長いと感じている人ほど、あざが完全に治ったと感じる割合が多くなりました。
そして実験参加後のアンケートで、経過時間が操作されていたこと、時間の感じ方が治癒状態に与える影響を調べる目的であったことは誰も気づいていませんでした。
つまり実際の経過時間は変わらなくても、主観的に感じる時間が長いと傷の治癒がより進むということです。
研究チームは「これらの結果は、身体的治癒に対する時間の影響は、実際の時間の経過とは無関係に、感じる時間の長さによって直接影響を受けるという仮説を裏付けるものだ。」と述べています。
しかしなぜ時間の感じ方が身体的治癒の速さを変える現象の背後にある根本的なメカニズムは依然としてわかっていません。
性格などの個人差も含め、メカニズムの理解にはさらなる研究が必要であると言えるでしょう。
この結果は、精神と身体のつながりに関してさまざまな信念が無意識のうちに影響することを意味しています。
具体的には、自分は今後風邪をひきやすいかどうか、どれくらい早く治るのかなどの思い込みや期待です。
もし時間の流れが遅く感じると思ったときには、その考え自体が傷の治癒を遅くしてしまうかもしれません。
いろいろと疑問も残りますが、実際にこのような作用が人体に潜んでいるとすると非常に興味深い事実です。
参考文献
Mind Over Matter: Perception of Time Influences Wound Healing
https://neurosciencenews.com/time-perception-wound-healing-25405/#:~:text=Summary%3A%20Perceived%20time%20significantly%20impacts%20the%20healing%20of,conventional%20beliefs%20about%20psychological%20effects%20on%20physical%20health
How Time Perception Influences Physical Healing
https://www.psychologytoday.com/intl/blog/emotional-behavior-behavioral-emotions/202401/how-time-perception-influences-physical-healing
Perceived time has an actual effect on physical healing
https://e3.eurekalert.org/news-releases/1030077
Perceived Time Has An Actual Effect On Physical Healing
https://scienceblog.com/541370/perceived-time-has-an-actual-effect-on-physical-healing/
Harvard’s Startling Discovery: Perceived Time Affects Healing Rate
https://scitechdaily.com/harvards-startling-discovery-perceived-time-affects-healing-rate/
Surprising link between time perception and wound healing revealed in Harvard psychology study
https://www.psypost.org/2024/02/surprising-link-between-time-perception-and-wound-healing-revealed-in-harvard-psychology-study-221189
元論文
Physical healing as a function of perceived time
https://www.nature.com/articles/s41598-023-50009-3
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしていました。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。