Credit: canva

世界一深い海から聞こえてきた不気味な怪音。その正体がついに明らかになったようです。

2014年にマリアナ海溝を探査中の船が謎の音声を録音し、今日に至るまで研究者たちを悩ませ続けてきました。

問題の音声はあまりの奇妙で、まるでSF映画に登場する宇宙船が発する音のようにも聞こえるといいます。

それは遥か深海の底に「私たちの知らない未確認生命体でも潜んでいるのではないか?」と疑いたくなるほどです。

しかしアメリカ海洋大気庁(NOAA)の最新研究により、この音声の正体を録音から実に10年越しに明らかにしました。

果たして、その奇妙な音の正体はなんだったのでしょうか?

研究の詳細は2024年9月18日付で科学雑誌『Frontiers in Marine Science』に掲載されています。

目次

2014年にマリアナ海溝でキャッチされた怪音怪音の正体は「ニタリクジラ」!

2014年にマリアナ海溝でキャッチされた怪音

マリアナ海溝は日本列島から南へ約2500キロ離れた北西太平洋にあります。

よく知られているように、マリアナ海溝は「世界で最も深い海溝」として有名で、最大深度は10,983メートルともされています。

これは海面を基準に、世界最高峰のエベレスト(高さ8849メートル)をひっくり返しても山頂が底につかないほどの深さです。


マリアナ海溝の位置/ Credit: ja.wikipedia

そんなマリアナ海溝で2014年に奇妙な調査報告がなされました。

米オレゴン州立大学(OSU)の海洋学研究チームがマリアナ海溝の音響調査をしていたところ、研究者たちも聞いたことのない不気味な音声が録音されたのです。

この音声は研究者たちの間で「ビオトワング(biotwang)」と呼ばれています。

ビオトワングの実際の音声がこちら。音量に注意してご視聴ください。

ビオトワングは主に2つのパートに分けることができます。

1つは前半部のブオォ〜ンという波動が広がるような音。そしてそのすぐ後に強い振動音が続きます。

いずれも機械の出す音のようにも聞こえ、宇宙船の音と表現されたりもしました。

マリアナ海溝の底に宇宙船が沈んでいて、今も不思議な駆動音を出している、そんな空想も浮かんでしまいます。

とはいえ、常識的に考えれば何らかの海の生物が出している音であるはずです。

しかし、研究者たちは発見から今日に至るまで、この怪音の正体をつかめずにいました。

2016年に一度、シロナガスクジラやザトウクジラの声ではないかとの主張がなされますが、既知のクジラの鳴き声とは一致せず、未解決のまま10年の月日が過ぎています。

そんな中、NOAAの最新研究は、ついに音声の正体を明らかにしたのです。

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怪音の正体は「ニタリクジラ」!

NOAAの海洋学研究チームは今回、ビオトワングの正体を明らかにすべく、これまでに録音した膨大な数の音声を調査しました。

NOAAは2005年以来、マリアナ海溝を含む北太平洋エリアで録音調査を続けており、その音声データは全部で20万時間以上に達します。

研究主任のアン・アレン(Ann Allen)氏によると「この音声を一つずつ聴いていたら、すべてを聴き終わるまでに23年近くかかってしまう」という。

そこでチームはGoogleと協力し、AIを使って20万時間以上の音声データを聴かせてトレーニングさせ、機械学習アルゴリズムを用いて不要なノイズを除去。

その状態でビオトワングの音声データと一致するものを探した結果、ニタリクジラ(学名:Balaenoptera brydei)の鳴き声と見事に一致したのです。


ニタリクジラ/ Credit: en.wikipedia

ただし、世界中の海に分布するニタリクジラのすべてがビオトワングと同じ奇妙な鳴き声を出すわけではありませんでした。

研究者によると、マリアナ諸島の近くで録音された10頭のニタリクジラのうち、9頭の鳴き声だけがビオトワングの音声データと一致したのだといいます。

ニタリクジラは北緯40度と南緯40度にわたる水温20℃以上の海に広く分布していますが、ビオトワングを発していたのはマリアナ諸島にいた9頭のみでした。

このことから、ビオトワングのような独特な鳴き声はニタリクジラの中でも、マリアナ海溝付近に分布する集団に特有のものであることが推定されました。

アレン氏も「10頭中1〜2頭の鳴き声だけがビオトワングと一致すれば、それは偶然の可能性がありますが、9頭となるとビオトワングはニタリクジラの鳴き声と見てほぼ間違いない」と話しています。


Credit: canva

しかし一方で、これまでの研究ではまだマリアナ海溝付近のニタリクジラの集団が固有の音(ビオトワング)を発する理由については明らかにされていません。

アレン氏は「ニタリクジラはお互いの位置を特定するためにビオトワングを使っている可能性がありますが、それを証明するにはさらなる調査が必要です」と話します。

やはりこの事件の裏には、まだ明らかにすべき謎が隠されているようです。

マリアナ海溝に特有の海洋環境がビオトワングのような鳴き声を発達させたのか、それともマリアナ海溝の奥底に眠る”何か”と交信するためにニタリクジラの集団が独特な鳴き声を出しているのか…

広大な海には私たちの知らない秘密がごまんと隠されているのでしょう。

参考文献

Hey, Google: Find this New Whale Sound
https://www.fisheries.noaa.gov/feature-story/hey-google-find-new-whale-sound

Creepy ‘biotwang’ noises coming from the Mariana Trench finally explained after 10 years
https://www.livescience.com/animals/whales/mysterious-sound-coming-from-the-mariana-trench-has-finally-been-explained

元論文

Bryde’s whales produce Biotwang calls, which occur seasonally in long-term acoustic recordings from the central and western North Pacific
https://doi.org/10.3389/fmars.2024.1394695

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部