実験室で微小重力環境をシミュレートして作られた植物 / Credit:University of Delaware

「健康のためにサラダを食べよう!」という助言は、地球上では有効ですが、宇宙では通用しないかもしれません。

米国デラウェア大学(University of Delaware)の研究チームは、無重力状態を再現した環境でレタスを栽培し、食中毒を引き起こす細菌への反応を調査しました。

この実験により、地球上では葉の気孔(葉や茎にある小さなあな)を閉じて外部から細菌の侵入を防ぐ植物でも、無重力環境では受け入れてしまうことがわかりました。

今回発見された問題が解決されない限り、宇宙旅行の際は、宇宙で栽培した葉物野菜の摂取は避けた方が賢明かもしれません。

研究の詳細は、2024年1月9日付の『Scientific Reports』誌に掲載されています。

目次

植物は微小重力だと「方向感覚を失う」無重力状態が細菌感染力を強くする可能性がある

植物は微小重力だと「方向感覚を失う」

レタスのような葉物野菜は、健康的な食生活に不可欠です。地上に暮らすわたしたちだけでなく、宇宙での生活においても、野菜の摂取は健康維持の鍵となります。

そのため、国際宇宙ステーション(ISS)での植物の栽培は、長期宇宙滞在時の健康リスクを軽減する有望な食料源として期待され、推進されています。

たとえば、2014年から2016年にかけては、ISSでレタス栽培プロジェクトが行われ、大きな注目を集めました。


「ベジ実験」の一環として、ステーション内で33日間かけて栽培されたレッド・ロメインレタス。YouTubeスクリーンショット / Credit: NASA Johnson

一方でISSは、サルモネラ菌、大腸菌、シゲラ菌など、食中毒を引き起こす細菌が生息する環境であることも知られています。

ここで浮かんでくるのが、細菌と植物との関係が、地球上と変わらないのかという疑問です。

地上では、植物は細菌などのストレス因子を近くに感じると、気孔を閉じて自分の身を守ります。この機能により、細菌が存在する環境でも、気孔からの感染は抑制されるわけです。

しかし、宇宙ステーション内部のような微小重力環境で、この植物の自己防御機能が変化するかどうか、またどのように変化するかは十分に理解されていませんでした。

そこでデラウェア大学(University of Delaware)のトッツライン氏(Noah Totsline)らは、人工的に微小重力状態をつくりだし、細菌と植物の相互作用を観察しました。

結果、微小重力状態でレタスの気孔は、細菌に対しても大きく開いた状態のままであることが明らかになりました。

通常、植物は根を使って重力を感知し、重力の方向に沿って成長します。しかし重力の影響が抑えられると、植物の防御機能がうまく働かなくなる可能性あるそうです。

「植物はどっちが上か下かわからなくなった。わたしたちは実質的に、植物の重力を感知する力を乱したんですね」とトッツライン氏は述べています。

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無重力状態が細菌感染力を強くする可能性がある

研究者らはさらに、重力が小さい状態でも「植物成長促進根粒菌(PGPR)」という特定の菌株が、地球上と同様に機能するかどうかを検証しました。

先行研究では、PGPRの一種であるUD1022株を植物の根に生育させた場合、気孔の開きが一時的に抑制されて食中毒菌に対する防御機能の強化すると示されています。つまり地球上では、UD1022株はサルモネラ菌などに対する防御の機能が強くするのです。

微小重力状態ではどうかといえば、残念ながら地球上で有効な根粒菌も、混乱して十分に機能しなくなることがわかりました。

下のグラフで、結果を一つひとつ確認していきましょう。

黒のバーは「UD1022処理をしていない気孔」で、青とグレーは「処理をした気孔」です。

青とグレーには、回転の有無(重力の影響の違い)という違いがあります。青は回転なし、グレーは4RPMで回転させています。つまり、微小重力環境にあるのはグレーです。


UD1022で処理した後、微小重力環境に置いたレタスの平均気孔開口幅。 / Credit: Totsline N, et al.(2024)

測定結果は、経過時間(3時間、6時間、9時間)ごとに示されています。どの経過時間においても、青と白は黒より短く、UD1022処理が気孔の開きを抑制していることがわかります。

次に、重力の影響による違いを確認しましょう。青は、時間が経過しても開口幅にほとんど変化がありません。一方のグレーは、時間の経過とともにバーが伸びています。3時間経過に比べると6時間経過では、防御が弱まってしまうのです。

この結果について研究者らは、「サルモネラのような細菌は、微小重力下で変化した植物の状態を悪用し、より効率良く植物を汚染できるようになるのかもしれない」と分析しました。

彼らが提案する対策の一つは、植物の遺伝子調整です。具体的には、宇宙空間でも植物の気孔が過度に開かないよう変化させることが有効ではないかと研究を進めているのです。

現在、デラウェア大学の研究者らは、遺伝学的に異なるレタスの品種を採取し、模擬微小重力下での評価を実施しています。

「気孔を閉じる品種と、すでにテスト済みの気孔が開く品種を比較することで、何が変化しているのかを解明できるかもしれない」

その答えを見つけ出せば、将来的に宇宙産のレタスで作ったサラダを楽しめることになるかもしれません。

参考文献

Problems with rocket salad | UDaily
https://www.udel.edu/udaily/2024/january/harsh-bais-kali-kniel-noah-totsline-spacegrown-plants-foodborne-infections/

元論文

Simulated microgravity facilitates stomatal ingression by Salmonella in lettuce and suppresses a biocontrol agent | Scientific Reports
https://doi.org/10.1038/s41598-024-51573-y

ライター

鶴屋蛙芽: (つるやかめ)大学院では組織行動論を専攻しました。心理学、動物、脳科学、そして生活に関することを科学的に解き明かしていく学問に、広く興味を持っています。情報を楽しく、わかりやすく、正確に伝えます。趣味は外国語学習、編み物、ヨガ、お散歩。犬が好き。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。