爪サイズの体から銃声並みの爆音が出せる小魚!そのメカニズムを解明 / Credit: Ralf Britz et al., Scientific Reports(2021)
自然はときに驚くべきスーパーパワーを持った生物を生み落とします。
ミャンマーの河川に分布する小さな魚「ダニオネラ・セレブラム(Danionella cerebrum)」は、人の爪ほどの大きさしかないにもかかわらず、140デシベル(dB)という爆音を出せるのです。
これは救急車のサイレンよりも大きく、一般的な拳銃が発する銃声やジェット機の音に匹敵します。
なぜそんなことが可能なのか今まで謎でしたが、独シャリテー – ベルリン医科大学(CUB)の研究により、小さな体から爆音が生じるメカニズムがついに解明されました。
研究の詳細は2024年2月26日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。
目次
1センチの体から銃声並みの爆音が出せる音を出すメカニズムを解明
1センチの体から銃声並みの爆音が出せる
ダニオネラ・セレブラム(Danionella cerebrum)はミャンマーの都市ヤンゴンの北にある河川で2021年に発見され、新種として記載されたばかりのコイ科魚類です。
大人になっても体長10〜13.5ミリほどしかなく、世界最小の魚類のひとつとなっています。
最大の特徴は体が半透明の薄い皮膚に覆われており、頭蓋骨の上部がないため、脳が直接に透けて見えることです。
そのため、魚を傷つけることなく体内の生体機能を観察でき、研究者たちは新たなモデル生物として大いに注目しています。
調査によると脳の体積はわずか0.6立方ミリメートルしかなく、これはあらゆる成魚の中でも最小クラスです。
ちなみに学名のセレブラム(cerebrum)は「大脳」を意味しています。
ダニオネラ・セレブラム(a:オス、b:メス) / Credit: Ralf Britz et al., Scientific Reports(2021)
さらに研究者たちは本種の生態を調べる中で、彼らがこのサイズからは考えられない爆音を出せることに気づきました。
まるで電動ドライバーを使っているような「ギリ・ギリ・ブイーン」という連続的な音で、音量は140dB以上に達するといいます。
140dBといえば、救急車のサイレン(90〜120dB)よりも大きく、一般的な拳銃の銃声やジェットエンジンの近くにいるときの音量に匹敵します。
ちなみに人間が音に対して耳に痛みを感じ始めるのは130dBからなので、彼らの発する音を耳の間近でまともに聞くとかなり痛いと考えられます。
その実際の音がこちらです。音量に注意してご視聴ください。
研究者らは小さな体でこれほどの爆音を出す仕組みが分かりませんでしたが、今回ついにその謎の解明に成功しました。
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音を出すメカニズムを解明
研究チームは今回、ハイスピードカメラを用いて水槽に入れたダニオネラ・セレブラムを撮影し、さらにマイクロコンピューター断層撮影(マイクロCT)と組み合わせて、体内の動きを調べました。
その結果、ダニオネラ・セレブラムは軟骨で「浮き袋」をドラムのように高速で叩くことにより爆音を出していたことが判明したのです。
浮き袋は正式にいうと「鰾(ひょう)」と呼ばれる空気の詰まった袋状の器官で、硬骨魚が持っています。
鰾は主に浮力を得るための器官であり、魚たちはこの伸縮性に優れた風船のような袋に空気を溜めたり抜いたりしながら浮力調節をするのです。
ハイスピードカメラやマイクロCTで体内の器官の動きを撮影 / Credit: Verity A. N. O. Cook et al., PNAS(2024)
しかしダニオネラ・セレブラムは浮き袋を音響装置としても使用していました。
このシステムに関係していたのは、浮き袋・軟骨・肋骨・筋肉です。
下図を参照にしながら、その動きの仕組みを紐解いてみましょう。
音響装置は頭部のすぐ後ろに位置し、紫が浮き袋、緑が筋肉、ピンクが肋骨、水色が軟骨です。
音が発生する仕組みの図解 / Credit: Verity A. N. O. Cook et al., PNAS(2024)
まず、浮き袋(紫)の左右にある細い肋骨(ピンク)がその上部の筋肉(緑)により頭側に引っ張られます。
引っ張られるのは同時ではなく左右交互です。
このとき、片方の筋肉が収縮して肋骨が頭側に引っ張られると、肋骨が少し先にある軟骨(水色)を引っ掛けます。
すると、軟骨が肋骨の内側にカコンッ!と勢いよく嵌まる瞬間に、それが浮き袋にヒットするのです。
そして筋肉が弛緩し肋骨が尻尾側に戻されると、軟骨のロックも外れて元の位置に戻ります。
あとはこれを左右交互に反復するだけです。
この動きを高速で繰り返すことで、あたかもドラムを叩いているように軟骨が浮き袋を打ち鳴らし、あの大きな音が出ていたのでした。
動きの仕組みをスローモーションで示したもの / Credit: Verity A. N. O. Cook et al., PNAS(2024)
またこの大きな音はオスの個体しか出さないことが知られていましたが、その理由はオスの方がメスに比べてはるかに硬い肋骨を持っていることが原因と見られます。
メスの肋骨は丈夫さに欠けるので、こうした激しい動きには向いていないようなのです。
加えて、オスしか使えないという点から、ダニオネラ・セレブラムたちがこの音を使う目的も絞られてくるとチームは考えています。
例えば、メスをめぐるライバル同士の争いや威嚇、メスへのアピールとしての音です。
しかし、それらがどれだけ実用的であり種の繁栄に役立っているのかは、今後の研究課題となります。
参考文献
A 12 mm fish produces 140-decibel sound to communicate in turbid waters
https://phys.org/news/2024-02-mm-fish-decibel-communicate-turbid.html
One of world’s smallest fish found to make sound as loud as a gunshot
https://www.theguardian.com/science/2024/feb/27/smallest-fish-sounds-loud-danionella-cerebrum
元論文
Ultrafast sound production mechanism in one of the smallest vertebrates
https://doi.org/10.1073/pnas.2314017121
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。