ジャガイモの発がん物質の産生スイッチをOFFにする方法を発見!安全なポテチの開発へ / Credit: canva
ポテトチップスの袋を開けてみると、うっすら茶色っぽくなっていたり、黒い焦げ目のついていることがよくあります。
「これがうまいんだよ」といって食べる方も多いでしょうが、実はこれ、「アクリルアミド」という発がん性物質が蓄積している証拠なのです。
ジャガイモには低温下に放置することで、アクリルアミドの原因物質を作り出してしまう仕組みがあります。
しかし今回、米ミシガン州立大学(MSU)の研究チームは、この仕組みを制御する遺伝子を特定し、スイッチをオフにすることで、アクリルアミドの原因物質を産生しないジャガイモを作ることに成功しました。
こうして作られたポテトチップスはまったく焦茶色にならなくなったという。
これはスナック業界にとっても消費者にとっても革新的な発見となるでしょう。
研究の詳細は2024年2月20日付で科学雑誌『The Plant Cell』に掲載されています。
目次
ポテチやフライドポテトは「発がん性物質」の温床⁈低温糖化のスイッチオフに成功!
ポテチやフライドポテトは「発がん性物質」の温床⁈
ポテチに発がん性物質が含まれやすい理由とは? / Credit: canva
ジャガイモを主原料とするポテトチップスは世界中で大人気のスナックです。
中でも日本は味の種類や新商品の発売数が世界に比べて圧倒的に多く、ポテトチップス大国となっています。
「週に1袋は絶対に食べる」という方も少なくないでしょう。
その一方で、ポテトチップスは健康面で大いに懸念されている食品でもあります。
特に問題視されているのは、原材料のジャガイモが冷蔵保存されたときに産生する還元糖です。
ジャガイモは一年中いつでも栽培できるわけではないので、スナックメーカーはポテチを安定して作り続けるために大量のジャガイモを冷蔵保存しておかなければなりません。
ところがジャガイモを冷蔵庫などの低温下に置くと、デンプンを糖に変換する「低温糖化(Low-temperature sweetning)」というメカニズムが働きます。
こうして作られた還元糖は、揚げる・焼く・焙るなどの高温での加熱(120℃以上)による化学反応で、発がん性物質である「アクリルアミド」となるのです。
そのため、ポテトチップスやフライドポテトには必然的に大量のアクリルアミドが含まれることになります。
ジャガイモは低温糖化で還元糖を作り出し、それが加熱されるとアクリルアミドができる / Credit: canva
また還元糖は高温加熱にともなうメイラード反応によって茶褐色の色素を生成するために、苦味や焦げ目を生じさせます。
開封したポテチが茶色かったり焦げ目があるのはアクリルアミドが蓄積している証拠なので避けるべきでしょう。
しかしスナック界の王様であるポテトチップスを今後一切食べないようにするのは無理難題というもの。
そこで研究チームは安全なポテチを作るために、低温糖化を起こさないジャガイモ作りに挑戦しました。
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低温糖化のスイッチオフに成功!
研究主任で園芸学者のジミン・ジアン(Jiming Jiang)氏は20年以上にわたりジャガイモの研究を続けており、先に説明した「低温糖化」を防ぐ方法を模索してきました。
そしてこのほど、同僚のデヴィッド・ドゥーシュ(David Douches)氏らとの共同研究により、低温糖化を制御するジャガイモの遺伝子を特定することに成功したのです。
ジャガイモの遺伝子解析やタンパク質同定をする中で、「ジャガイモ液胞インベルターゼ遺伝子(VInv)」のひとつである「VInvIn2En」が低温環境に応じたデンプンの糖変換のスイッチをオンにしていることが分かりました。
研究主任のドゥーシュ氏(左)とジアン氏(右) / Credit: MSU – Cracking the code to a healthier potato chip(2024)
そこで両氏はVInvIn2En遺伝子のスイッチをオフにしたジャガイモを育て、これを主原料にしたポテトチップスを作ってみました。
そしてこれを通常のジャガイモを用いたポテトチップスと比較。
両者ともに揚げる前に異なる温度と日数で冷蔵保存されましたが、結果は一目瞭然でした。
下の画像を見てみましょう。
上段は、VInvIn2En遺伝子のスイッチをオンにしたままのジャガイモを「22℃で14日放置した後で加熱」「4℃で14日放置した後で加熱」「4℃で60日放置した後で加熱」したポテチです。
下段は、VInvIn2En遺伝子のスイッチをオフにしたジャガイモを同じ温度と日数で放置した後で加熱したポテチです。
スイッチオンのままだと、常温で14日置いた場合でもうっすらと茶色くなっており、4℃で60日放置した後だとほぼ真っ黒になりました。
これは低温糖化でジャガイモに大量のアクリルアミドが蓄積していたことを示します。
対照的にスイッチオフにした場合だと、どの温度で何日放置したとしても綺麗な黄金色の仕上がりになりました。
これはジャガイモの中にアクリルアミドが産生されていないことを意味します。
ポテチの比較画像。上:スイッチをオンにしたままのジャガイモ、下:スイッチをオフにしたジャガイモ / Credit: MSU – Cracking the code to a healthier potato chip(2024)
つまり、このVInvIn2En遺伝子のスイッチをオフにしたジャガイモを使えば、冷蔵保存した後でも発がん性物質を含まないポテチが作れるわけです。
これはスナック業界にとっても私たち消費者にとっても革新的な発明となります。
チームは現在、低温糖化を起こさないジャガイモを安定して栽培するための手法を同大にある温室施設で実験しているとのことです。
その手法が確立され、世界に広く普及すれば、私たちみんなが発がん性物質を含まない安全なポテチを楽しめるようになるでしょう。
ジアン氏は「今回の発見はジャガイモの開発と、それが(ポテチなどの)食品の品質および健康面に及ぼす影響についての理解が大きく前進したことを意味する」と説明。
その上で「この知見は世界中で販売されるすべてのポテトチップスに影響を与える可能性がある」と話しました。
ただ、ポテトチップスと健康問題の関係は、単にアクリルアミドだけでは当然ありませんし、発がん性物質が必ずがんになる物質というわけでもありません。
スナック菓子は適度に楽しむに越したことはないでしょう。
参考文献
Potato chip breakthrough crunches cancer risk for healthier snack
https://newatlas.com/science/potato-chip-lower-cancer-risk/
Cracking the code to a healthier potato chip
https://natsci.msu.edu/news/2024-02-cracking-the-code-to-a-healthier-potato-chip.aspx
食品に含まれているアクリルアミド(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/acryl_amide/a_kiso/syokuhin.html
元論文
Molecular dissection of an intronic enhancer governing cold-induced expression of the vacuolar invertase gene in potato
https://doi.org/10.1093/plcell/koae050
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。