サルは選挙に負けた候補者のほうをじっと見つめる習性があると判明/Credit:canva,Yaoguang Jian,CC-BY 4.0
サルの目が民主主義の根幹を暴きました。
アメリカのペンシルバニア大学(Penn)で行われた研究により、マカクザルは選挙で負けた候補者の顔を、より長く見つめる習性があることが示されました。
発表された論文のタイトルも「サルが米国選挙を予測する」という強気なものとなっています。
研究では過去に行われた273回の選挙の候補者の顔写真が使われており、サルたちは敗者を偶然よりも高い精度で長く見つめました。
またサルによる判定は浮動票が多い激戦区ほど精度が高くなることも明らかになりました。
研究者たちは「サルたちは純粋に写真に基づいて何かを感知している」と述べています。
またサルが人間の選挙結果を予測できるという結果は、サルが判断基準に用いる心理システムが種を超えて人間にも保存されている可能性を示しています。
しかし、サルたちはいったいどんな理由で「負け候補者」をじっと見つめるのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年9月19日にプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて公開されました。
目次
サルは選挙で負けた人の顔をより長く見つめるサルたちは人間のアゴを見ていた
サルは選挙で負けた人の顔をより長く見つめる
選挙ではしばしば非合理な結果に至ります。
たとえば政治や経済について専門的な知識を持つ候補者よりも「顔がいい人」を選んでしまうことがあります。
積み重ねられた研究は、このような非合理な選挙結果が起こる要因として、候補者の持つ「外見」が重要な役割を果たしていることを示しています。
優秀な政治家としての能力を持つ候補者が、外見に敗北してしまうのは、選挙においてある種の「顔採用」のような現象が起きていることを示しています。
候補者の主義主張、能力、実績、清廉などに基づく判断は民主主義を機能させる根幹であり、投票者もそのことはわかっているはずです。
にもかかわらず、なぜこのような非合理が起きてしまうのでしょうか?
人間が愚かだから? それとももっと別の原因があるのでしょうか?
この謎を解明するため、ペンシルバニア大学の研究者たちは、マカクザルを用いて選挙における「外見」の影響力を調べることにしました。
サルは選挙に負けた候補者のほうをじっと見つめる習性があると判明/Credit:Yaoguang Jian,CC-BY 4.0
マカクザルなどのサルたちは、地位の高いサルと視線を合わせるのを避ける習性があることが知られています。
人間の世界と同様に目線を合わせ続けることはサルの世界でも喧嘩を売ることになるからです。
そのためサルに対してボスザルの顔写真と自分より地位が低いサルの顔写真を見せると、サルたちは高確率で地位が低いサルの顔写真を見続けます。
そこで研究者たちはサルたちの特性を利用して「投票」を行ってもらうことにしました。
(※サルたちの視線をもとに、視線を向けなかった候補者のほうを勝ち、視線を向けた候補者を負けに選んだことにします)
調査にあたっては過去に米国の知事選、上院選、大統領選に立候補した候補者の顔写真のペアを作成し、サルたちがどちらの顔を長く見つめるかが調べられました。
するとサルたちは2枚の顔写真を目の前にすると、どちらか一方に視線を集中させることが明らかになりました。
たとえば1995年から2008年の間に行われた273回の選挙と候補者の顔写真を使った実験では、サルは54.4%の確率で敗者の顔に多くの視線を向けることが明らかになりました。
さらに激戦区と呼ばれている場所については精度が58.1%に増加することが明らかになりました。
サルは選挙に負けた候補者のほうをじっと見つめる習性があると判明/Credit:Yaoguang Jiang et al ., bioRxiv (2024)
実験に使用されたサルには「支持政党」や「好みの候補者」がいないのは確かです。
そのため研究者たちは「サルたちは純粋に写真に基づいて何かを感知している」と結論しました。
またサルたちの視線の偏りが高ければ高いほど、つまり負け候補者を見る割合が高ければ高いほど、勝者側の得票率が高いことが明らかになりました。
サルたちの視線は選挙の結果だけでなく、票数の差まで予測できたわけです。
興味深いことに、同様の予知能力が、人間の幼児にも備わっていることが示されています。
たとえば2009年に行われた研究では、幼児が当選した候補者を顔だけで当てられる確率が70%に達していることが示されました。
また2007年に行われた大人を使った実験では、候補者について何もしらない大人でも、幼児と同じ70%の精度で当選した候補者を選ぶことが示されました。
もしかしたら、政党や候補者への興味が薄い人々が住む国、または浮動票が多い国では、選挙結果は「顔採用」が蔓延し、政治家の質が落ちるのかもしれません。
研究者たちは「5歳の幼児が大人と同じように投票するということは、私たちの遺伝子の中に意思決定を作用する「何か」が存在しており、その「何か」はおそらくサルと同じである」と述べています。
では、その「何か」の正体はどんなものなので、サルたちは顔写真のどこを判断材料にしていたのでしょうか?
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サルたちは人間のアゴを見ていた
選挙結果に最も大きな影響を与えた因子はアゴの突き出しレベルで得票率の7~8%に影響しました/Credit:Yaoguang Jiang et al ., bioRxiv (2024)
サルたちは候補者のどの部分を見て勝敗を認定していたの?
謎を解明すべく研究者たちはサルたちの認定した勝者と敗者の顔の構造を比較分析することにしました。
するとアゴの突き出しレベルやアゴの広さ、そして顔の縦と横の比率、頬骨の狭さなどが得票率と連動していることが明らかになりました。
特にアゴの突き出しレベルは最も影響が強く、得票率の7~8%を占めていることが示されました。
また勝者と敗者の顔を比較すると、勝者のアゴは敗者のアゴに比べて平均2%ほど突出していることが発見されました。
これまでの研究により、男性ホルモンの「テストステロン」レベルが高い人ほど、アゴが突き出るように変化することが知られています。
またテストステロンはスポーツなどの試合に勝つことで急上昇し、負けると急低下するなど勝負において特殊な役割を担っていることが判明しています。
つまりサルたちはアゴが付き出している候補者の顔写真を「ボスザル」あるいは「自分より強いサル」と認定していたことになります。
実際、サルたちは男性候補者と女性候補者の顔写真を並んで見せられたときには、男性を勝者に選ぶ確率が高くなっていました。
また女性の候補者同士の比較においては、よりアゴが付き出している女性を勝者に選びました。
研究者たちは「人間とサルの判断一致は、顔に対する偏見が人間とサルの間で共有されていることを示している」と述べています。
人間はサルと違って文明を築き高度な科学力を発達させてきました。
しかし「人を見る目」のような原始的な部分については、サルも人間も同じ判断基準に頼っていたのかもしれません。
さらに研究者たちはこの点について、現実の選挙ポスターについて興味深い事実を指摘しました。
選挙ポスターに映される候補者は圧倒的に「笑顔」の表情をしています。
研究者たちはポスターに笑顔が選択される理由の1つに、笑顔にはアゴのラインを強調する効果があると述べています。
サルはトランプ氏とハリス氏を同じように3回見つめました/Credit:Yaoguang Jian,CC-BY 4.0
ではこれから行われる大統領選挙についてはどのように判定するのでしょうか?
2024年9月26日の米国では共和党のトランプ氏と民主党のハリス氏が大統領の座を巡って選挙活動を行っています。
そこで研究者たちはトランプ氏とハリス氏の両方の顔写真をサルにみせて、大統領選挙の結果を占おうとしました。
しかしサルたちが両者に視線を向ける頻度と時間は半々であったことが判明。
上の図でも視線の頻度が3対3で同じことが示されています。
これは両者の得票率が拮抗する可能性を示しています。
人間のアナリストによる「選挙戦は接戦になる」との予想とも一致します。
一方、トランプ氏側の副大統領候補とハリス氏側の副大統領候補をサルたちに見せた場合、ハリス氏側の副大統領が勝つという結果が得られました。
日本においても現在いくつかの選挙が近づきつつあります。
もし日本でも同じ実験を行うことができれば、日本の未来をサルたちに占ってもらうことができるかもしれません。
元論文
Monkeys Predict US Elections
https://doi.org/10.1101/2024.09.17.613526
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部