【海外F1記者のコラム】去り行くリカルドに”贈る言葉”がないのは、あまりにも寂しすぎる……陽気なオージーの輝かしくF1キャリア

 まさに奇妙な状況になっていると言える。先日行なわれたF1シンガポールGPがダニエル・リカルドにとって最後のF1レースだったのだろう……多くの人がもうそう思っているが、チームやレッドブルは未だに口を閉ざしている。RBのローレン・メキーズ代表だけが、リカルドにとって最後のレースになるだろうと強く示唆し、レース後に配信されたプレスリリースにもそう書かれていた。

 リカルドはシンガポールGPの決勝レース終盤にソフトタイヤを履き、ファステストラップを記録することができた。しかしこれは、F1から離れるリカルドへの、送別のプレゼントと言うにはあまりにも些細なモノだった。メキーズ代表はこれについても「クレイジーな週末を過ごした彼にチャンスを与えるのは、単純なことだった。彼を少し休ませ、良いラップを刻んで最高の状態で週末を終えるチャンスを与えた、そんなようなものだ」と語っている。

 リカルドは、長年にわたってレッドブル・ファミリーに貢献してきた人物だ。そんな彼の引退の花道に対しては釣り合うべくもない。しかも最終的な順位は18位……マクラーレンのランド・ノリスから貴重な1ポイントを奪い取ったということにはなったが、リカルドがポイントを手にすることはできなかったのだから。

 リカルドの将来は不透明この上ない。実に最悪の状況である。もちろんリカルドは大人であり、トレードマークである笑顔を振り撒いて対処するだろう。しかし、きちんとした形でF1に別れを告げられないのは、彼にとっては大きな損失だと言えよう。アルファタウリとRBの2年間では、リカルドはまったく恵まれなかった。それ以前のマクラーレンでも、1勝は挙げたものの基本的には大苦戦だった。そういうキャリア終盤の中で、リカルドがかつてどれほど輝かしかったかということが忘れられている。

 最近では、フェルナンド・アロンソが2018年にF1を去る時、マクラーレンがマシンに特別なカラーリングを施して花道を飾った。まあ、結局その2年後にF1にカムバックを果たしたわけだが……。セバスチャン・ベッテルも、2022年のアブダビGPで多くの人に見送られた。フェリペ・マッサは、2016年限りで引退する時に盛大に送られたが、ニコ・ロズベルグが電撃引退したことでキャリアが1年延長……そして再び送別された。

 もしシンガポールGPがリカルドにとって最後のF1レースだったのなら、そういう別れの場面がなかったというのは寂しいし、不公平だと言わざるを得ない。

 リカルドのF1デビューは2011年。しかし所属チームは弱小のHRTであり、絶望的な状況で戦わねばならなかった。にも関わらずリカルドは、ベテラン数名を出し抜き、翌年のトロロッソのシートを得た。

 2012年はチームメイトのジャン-エリック・ベルニュに獲得ポイントの面で後塵を拝した。しかし予選成績では16対4でリカルドの圧勝。2013年にも15対4で再び上回り、マーク・ウェーバーの後任として2014年からレッドブル入りすることになった。

 ただ2014年からはメルセデスが脅威的な強さを発揮。レッドブルは前年までのような強さを発揮することはできなかった。それでもリカルドは3勝を挙げ、前年まで4年連続でチャンピオンを獲得していたチームメイトのベッテルより優れた成績を残した。

■リカルドの輝かしいキャリア

 2015年はマシンの出来が良くなく、チームメイトのダニール・クビアトにポイントの面では敗れたものの、予選では12対7で勝利した。ただその翌年、リカルドには試練が訪れた。マックス・フェルスタッペンがレッドブルに”昇格”したのだ。

 当時のフェルスタッペンはまだ荒削りではあったが、レッドブル加入初戦のスペインGPで初優勝を手にするという衝撃の活躍を見せる。それでもリカルドはマレーシアGPでの優勝も含む8回の表彰台を獲得し、フェルスタッペンに50ポイント以上の差をつけた。翌年もリカルドが優勢。後に多くのドライバーがフェルスタッペンのチームメイトを務めたが、2016~17年のリカルド以外にフェルスタッペンを上回ったドライバーはいない。

 ただ2018年には2勝を挙げたリカルドだったが、ポイントの面ではフェルスタッペンに先行されてしまうことになり、翌年からルノーへ移籍することになった。

 当時のルノーはパフォーマンス的には優れず、リカルドも苦戦。2020年にはルノーに久々の表彰台をもたらしたりしたもののそれが精一杯。2021年からはマクラーレンに移ることになった。ただこのマクラーレンも、優勝を狙えるような状況ではなく、イタリアGPで勝利したもののそれ以外に目立った成績を残せず低迷。2022年限りでマクラーレンを離れ、レッドブルにサードドライバーとして戻ることになった。

 2023年にはシーズン途中でアルファタウリのレギュラーシートに復帰。アルファタウリはトロロッソの後継チームであり、まさに”カムバック”ということになった。

 しかしチームメイトの角田裕毅にまったく太刀打ちできず、さらにオランダGPでクラッシュした際に手首を骨折してしまう。その間、代役を務めたリアム・ローソンが好パフォーマンスを発揮したことで評価を上げたのは皮肉な話だ。2024年も角田の後塵を拝することが多いまま、シンガポールGPまでを戦うことになった。

 特にこの1年半、リカルドが調子を取り戻せなかったのはまことに残念なことだ。彼の陽気な性格とカリスマ性は、多くのファンの心を掴んだ。そしてレッドブルの低迷期を支え、10年近く母国オーストラリアの期待を背負い続けた。

 確かにここ最近は期待されたようなパフォーマンスを発揮できなかった。そのため、彼がグリッドに残るべきだと断言するのは難しい。だからと言って、彼のキャリアが祝福されないというのは疑問だ。

 彼はファンファーレに飾られることもなく、引退に向かって歩み去ろうとしている。彼が活躍していた初期は、バーニー・エクレストン時代の、F1パドックがまだ静かだった頃だ。その中で活気に満ちた存在だったリカルドには、それに見合った賞賛を贈る必要があるはずだ。