日本を代表する監督のひとり、黒沢清監督の最新作『Cloud クラウド』。菅田将暉を主演に迎え、憎悪が招く集団心理の恐ろしさを描くサスペンススリラーです。先の読めない物語に登場するアクの強いキャラクター達を演じるのは、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝ほかバラエティに富んだ俳優陣。
今回は、完全オリジナル脚本となる本作で、黒沢清監督のもと錚々たるキャストの中、堂々たる演技を見せた奥平大兼さんにお話を伺います。
――まずは、今作に「出演したい!」と思った理由を教えて下さい。
演じる役、【佐野】の不思議さですかね‥‥、【佐野】を知りたいという気持ちがありました。もちろん他のキャストの方々は大先輩たちばかりなので“絶対に刺激的になることは間違いない”と思っていました。それに黒沢清監督の作品にデビューして4年で出演することができるということは本当に光栄なことで、黒沢監督の演出を“体験してみたい”という気持ちもありました。色々な要素もあって「是非、やらせて下さい」と言いました。
――この4年の間に、映画だけでも『MOTHER マザー』(2020)、『マイスモールランド』(2022)、」『あつい胸さわぎ』(2022)、『映画 ネメシス 黄金螺旋の謎』(2023)、『ヴィレッジ』(2023)、『君は放課後インソムニア』(2023)、『PLAY! 勝つとか負けるとかは、どーでもよくて〜』(2024)、映画『赤羽骨子のボディガード』(2024)そして本作と、色々なジャンルの作品にご出演をされていますよね。
はい。個人的には意識的に違うものを出来ればいいなと思って演じていました。つい最近公開された映画『赤羽骨子のボディガード』は凄くエンタメな作品で、これまで出演していなかったタイプのもので、初めての経験も多かったです。今は色々なことにチャレンジしていきたいと思っているんです。
――アート系からエンタメまで。今回の黒沢清監督作品は、海外の映画祭にも出品される作品となります。
正直、観た時はここまでになるとは思っていなかったんです。僕は全然まわりのこととかわからないので(笑)。ただ、作品としても面白さは絶対で、可能性は十二分にあると思っていました。凄くビックリしています。
――菅田将暉さん、古川琴音さん、岡山天音さん、荒川良々さん、窪田正孝さんなど錚々たるメンバーが出演されています。現場では緊張されたのではないですか。
入った時はすごく緊張しました(笑)。この映画では菅田さんと2人でドライブをするシーンがあるのですが、あのシーンは僕のクランクイン3日目で初めて台詞を喋る撮影だったんです。
――そうだったんですか(驚)。
本当に大事なシーンであることは重々承知していたので凄く緊張してしまって、録音部の人にも「滅茶苦茶心臓がバクバクしていたよ」って言われてしまいました(笑)。
――車の中ですから2人きりの密室ですよね。
そうなんです。【佐野】という役は、その時の僕の緊張状態とはほど遠い、自信に満ちあふれた人間だったので、色々な意味でドキドキしながら演じました。皆さん本当にフランクな方ばかりだったので、次第に緊張しなくなりました。
――先輩たちとお話をされて印象に残っていることはありますか。
雑談ばかりしていました。荒川(良々)さんとはドラマ「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」(日本テレビ系 / 2023)でご一緒していますし、(岡山)天音さんはドラマ「ケの日のケケケ」(NHK / 2024)の時の先生役でした。個人的に1対1でお話する機会もあったので、そのお二人とは特に緊張することもなく過ごせました。
――私は個人的に奥平さんが演じられた【佐野】が一番興味深かったです。
そうなんですか(驚)。凄く嬉しいです。
――【佐野】は何を考えているのかわからない、掴みどころのないキャラクターです。あの難しい役をよく演じられているなと思って観ていました。特にラスト、「この人はもしや?!」と思ったぐらいです。こんなに難解なキャラクターをあの先輩俳優陣の中でしっかり演じられていました。
黒沢監督が本当に色々なことを教えて下さったんです。演劇的な演出だったのですが「どういうルートをたどってお芝居をするのか」とか「この台詞を言う時はこの場所で」とか、僕だけかもしれませんが、喋る位置が決められていました。そのお陰もあり、そういう時にするお芝居というものを教えて頂きました。こんなにも贅沢なことはなかったです。
――凄いですね。
本当に楽し過ぎて(笑)。僕にこんなふうに演出してくれて、色々と教えてくれたりして、「菅田くんはこんなふうにしていたでしょ」と菅田さんの凄いところも教えて頂きました。まさかここまで丁寧に黒沢監督が演出して下さるとは想像もしていなかったので、本当に貴重な体験をさせて頂きました。刺激的な現場でした。
――それは凄いですね。忘れられない経験になったのかもしれませんね。今回の作品で学んだことや新たな発見があれば教えて下さい。
『Cloud クラウド』で演じた【佐野】は菅田さん演じる【吉井】の言う事に従うことはあっても、圧倒的に自分の中に持っている何かがあるという役で、堂々としていないといけない役でした。菅田さんと1対1で話す時も堂々としていないといけないとなった時に、ちょっと技術的な話になりますが、今まで僕は本番中にリラックスし過ぎて、フラフラしてしまったり、目線を色々なところにやってしまいがちだったんです。それをしないでただただずっと立っているということが僕にとっては逆に新しくて、そして難しいことでした。そうして演じている姿を画で観た時に、「この人、何かを持っている」という圧倒的な自信があるのではないか、と思わせる瞬間を見つけることが出来ました。
そして、『Cloud クラウド』で見つけた演技を活かしたのが、『Cloud クラウド』の後に撮影した『赤羽骨子のボディガード』になります。『赤羽骨子のボディガード』では一番強い役で色々な人を言い聞かせる役でしたが、『Cloud クラウド』の経験を活かして、僕はあまり動かず目線もあまり動かさない演技を心掛けたんです。
――そういう演技の仕方はどなたに教わったのですか。
黒沢監督と菅田さん、お二人にです。菅田さんはそういう演技が本当に凄くて、まったく動かないのに不自然じゃないんです。そんな簡単に出来る事ではないと思うので、僕はそんな菅田さんの演技を間近で見ることが出来て、さらに教えて頂くことが出来て本当に勉強になりました。
――凄くいい経験でしたね。最近の日本映画ではあまりない、ガンアクションも経験されましたね。練習とかされたのですか。
僕が一番銃を撃っていますしね(笑)。一応、銃に慣れていないといけなかったので練習もしました。実際には銃弾は出ないので、反動がないんです。その反動をちゃんと作らないといけないので、ガンアクションの専門の方に教えてもらいました。ライフルもあったのですが「ちょっと慣れてるけど、あまりかっこつけ過ぎないで欲しい」と言われていたので、スマートさを心掛けて、これが普通という感じにやる為の練習をしていました。
――そうなのですね。ちょっと日本映画っぽくない感じがこの映画の味で良かったです。
そうですね。確かに日本映画っぽくないかもしれません。
――黒沢監督のクリント・イーストウッド好きを感じる映画でした。この映画を観て人間関係の難しさを感じました。
この映画では、人が裏で感じていることや自分の見えていない部分で人が思っていることが行き過ぎると、どうなるのかを描いていますが、極端にいくとこういうことになるんだ‥‥と思いました。
――凄く怖かったですね。その人に対して悪気があるわけでもないのに、もしかしたら自分もそう思われているかも‥‥と思ってしまって。だからこそ人間関係を大切にしないといけないと思いました。
本当にそうですね。極端ではありますが、人間の行きつくところはこれなんだと。もしかしたら映画で描かれているように自分が思われているかもしれない、決してゼロではないと思うので怖いです。
――現場で色々な方に出会われると思います。奥平さんが人間関係で大切にしていることを教えて下さい。
無理して仲良くなろうとは思っていないです。自分から話しかけることもそんなにしないので‥‥、もちろん気が合って仲良くなる人は居ます。人との距離感というか、無理して人(演者さん)とお喋りしたり、中途半端に仲良くなるようなことは、最近しなくなりました。現場で無理して仲良くなろうとすると、お芝居に悪い意味で影響が出るのではないかと思うようになったからなんですが、今はそれを大切にしています。
表情がまったく読めない人物ほど恐ろしいものはないのですが、奥平さんが演じた佐野は、まさにそんな役です。普段は表情豊かに語る奥平さんが本作では、ガラリと姿を変え、スクリーンの中に佇みます。しかも菅田将暉さん演じる主人公・吉井を慕う役というのも少し不気味で面白い。この映画『Cloud クラウド』は、スリラーなのかサスペンスなのか、はたまたハードボイルドなのか。ジャンルにはめることが出来ないまま、新しい感覚を楽しむ黒沢清監督の脳内を覗き見するような作品。そんな本作でまた新たな奥平さんの“顔”を見つけた気がします。
取材・文 / 伊藤さとり
撮影 / 岸豊
作品情報
映画『Cloud クラウド』
吉井良介は、町工場に勤めながら“ラーテル”というハンドルネームを使い転売で日銭を稼いでいた。転売の仕事を教わった高専の先輩・村岡からの“デカい”儲け話にも耳を傾けず、真面目にコツコツと悪事を働いていく吉井にとって、増えていく預金残高だけが信じられる存在だった。勤務先の社長・滝本から管理職への昇進を打診された吉井は、辞職。郊外の湖畔に事務所兼自宅を借り、恋人・秋子との新しい生活をスタートする。地元の若者・佐野を雇い、転売業が軌道に乗ってきた矢先、吉井の周りで不審な出来事が重なり始める。
監督・脚本:黒沢清
出演:菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝、赤堀雅秋、吉岡睦雄、三河悠冴、山田真歩、矢柴俊博、森下能幸、千葉哲也、松重豊
配給:東京テアトル、日活
©2024 「Cloud」 製作委員会
2024年9月27日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
公式サイト cloud-movie