疑惑を示すメモは闇に葬られていた
それだけ聖域なのか。理念には「国民の良識にかなう、相応の処分、相応の科刑の実現」を目指すとしているのだ。
検察の姿勢を批判するヤフーのコメントが頭をよぎった。
克行宅から押収した疑惑メモについて、検察は克行の供述すら得られていなかった。関係者によると、担当検事が取り調べを試みたが、克行は応じなかったという。
検察は、東京地裁で20年8月から21年6月にあった克行の公判でもこのメモを証拠として提出していなかった。
公判では、克行は地方議員らに配った現金の出どころを「手持ち資金」と説明し、検察はそれ以上追及しなかった。
安倍政権幹部が裏金を提供した疑惑を示すメモは闇に葬られていたのだ。
永田町で取材を始めて3日目は、克行の供述を得られずに捜査が終了し、メモがお蔵入りしていたことを柱に記事を出稿した。
一連の中国新聞の報道に対し、ネット上では反響が続いていた。
かつてオウム真理教の事件を追及したジャーナリストの江川紹子はXに「買収の原資となった、と見ていたのに聴取せず、と。結局、検察は権力の中枢には触れないのね?」と投稿した。(@amneris84/2023年9月11日)
動画投稿サイト「ユーチューブ」では元共同通信記者でジャーナリストの青木理が出演した番組が配信されていた。
青木は「安倍さん、菅さん、二階さん、甘利さんに、どういうことですかと取り調べをするなり事情聴取するなり、捜査の対象にしてもおかしくないのに、検察は一切していなかった」
「甘利さんは認めていて、このメモの信ぴょう性は高い。他のメディアもきちんと書いてもらいたい」と指摘した上で「これから先(メディア全体で)追及しないといけない第一歩のスクープ。これからのメディアの報道ぶりに注目していく必要がある」と、メディア全体の奮起を促していた。
この3日間の取材で、疑惑の渦中となった政権幹部4人のうち、22年7月に死去した安倍を除く3人の取材ができた。
二階と菅は疑惑を否定した一方、甘利は現金の提供を認めた。想定以上の成果があり、疑惑メモの真実性にも確信を持つことができた。
一仕事を終えた荒木、和多、河野の3人は広島に戻って行った。
広島の本社に戻った荒木は、編集局長の高本に出張の報告をし、この疑惑メモを足場に永田町の取材を続けたいと打診した。
「今後もどんどん出張すればいい。取材を継続していこう」。高本はこう檄を飛ばし、取材班を後押しした。
その後も在京メディア各社の後追い報道はなかったが、高知県の地元紙である高知新聞から「中国新聞のスクープを掲載したい」と記事配信の依頼が寄せられた。
早速配信すると、高知新聞の社会面を大きく割いて、「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」の疑惑メモの記事が掲載された。
さらに、熊本県の熊本日日新聞と兵庫県の神戸新聞からも同様の依頼があり、両紙にそれぞれ中国新聞のスクープが載った。地方紙連携の新たなスタイルが芽生えた。
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検察の意外な反応
安倍政権の裏金提供疑惑を報じて以降、中川は検察の反応が気になっていた。
一連の記事では、特捜部が裏金を提供した政権幹部ら4人に聴取せずに捜査を終えていたことも書いたからだ。検察にとってはうれしい記事のはずがない。
中川は数日後、ある検察幹部を訪ねた。記事の受け止めを聞きたかったからだ。
「報道をご覧になりましたか。どうでしたか」と尋ねると、「報道は承知しています。しかし、個々の記事について特にコメントはしません」。
表情をぴくりともさせず、通り一遍の答えが返ってきた。
だが、それに続く言葉は少し違っていた。「中国新聞さんの報道は理解をしていますよ、それは言えます」。
うつむき加減だった中川が顔を上げると、検察幹部の表情に怒りや冷たさは見受けられなかった。
「私もあの本、『ばらまき』を買いましたからね」。その後の雑談からも、決して怒りはうかがえない。むしろ報道を評価しているように感じた。
取材班が確実な事実に基づいて報じているからだろう。記事は何も間違っていない─。そう確信を持つには十分だった。