生まれたてのヒヨコの性別を見極める「初生雛(しょせいびな)鑑別師」という仕事をご存知でしょうか?年収1,000〜2,000万円、海外で自由にはたらけるなどさまざまな噂があるこの仕事。その真相を解き明かすため、初生雛鑑別師の高橋香織さんにお話を伺いました。
高橋さんは国内外での豊富な経験を積み、鑑別師の大会では日本チャンピオンという実績を持つ腕ききの鑑別師。同時に、フードスタイリングやデザインの仕事も行うクリエイターでもあります。
初生雛鑑別師という仕事の実態、大胆かつ自由なキャリアを歩んできた高橋さんのキャリアなど、知られざる仕事の裏側をお伝えします。
年収1000万円は都市伝説?知られざる初生雛鑑別師の仕事
——初生雛鑑別師とはどのようなお仕事なのですか?
その日に生まれたヒヨコのオスとメスを判別する専門職です。たとえば、卵を扱う会社ならば卵を産むメス鶏のみが必要じゃないですか。生後1カ月になればオスはトサカが出てくるので簡単に判別ができるのですが、その間の餌や管理に大きなコストがかかります。なので、そのコストを削減するために生まれたてのヒヨコを判別する必要があるんです。
——初生雛鑑別師の平均年収は500〜600万円、ベテランになると1000〜2000万という噂を耳にしました。これは本当なのでしょうか?
年収500〜600万円は本当ですが、1000〜2000万円は大嘘です(笑)。1000万円を超えるにはかなりの頑張りが必要だと思いますよ。判別師の報酬は1羽あたりの作業単価を元に計算されます。作業単価と稼働時間を考えると2000万は現実的ではないですね。
ただ、判別師のはたらき方は人それぞれなので、頑張りに応じて稼げる仕事であるのは確かです。私も業務量が増えた時期があったのですが、そのペースではたらき続ければ年収1000万円を越えたかもしれません。しかし、体力的にもかなり大変なので、やはり現実的ではないと思います。
高橋さんは初生雛鑑別師がその技術を競う大会において2度の優勝経験を持つ現日本チャンピオン。高橋さんのスピードで難しければ、年収1000万は都市伝説かもしれない
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ジュエリー販売からキャリアチェンジし、「脱糞」に明け暮れる日々
——1羽を鑑別するのにどれくらいの時間がかかるんですか?
羽の色や長さで見分ける鑑別方法と、肛門の内側にある生殖突起を見分ける肛門鑑別という方法があるのですが、前者なら1時間に1000羽以上、後者なら5000羽ほどですね。
——ものすごいスピードで鑑別するのですね!そもそも鑑別師ってどうやってなるんですか?
まずは養成所で半年弱の講習を受け、合格したら鑑別技術の練習と養鶏の講義を受けます。養鶏場に研修生として入り、資格試験に受かるまで先輩鑑別師たちの手伝いをしながら技術を向上させていきます。
初生雛鑑別師は、鶏のこと全般を教えられる資格であるべきだということで、鑑別「士」ではなく鑑別「師」という名前なんですよ。
——どういう人が鑑別師に向いていますか?
親指の付け根が肉厚な方は向かないとよく言われます。肛門鑑別をする時に、ヒヨコをひっくり返してお腹の肉をぐっと指で押し、肛門の奥を見るんです。親指の付け根が厚いと、その作業が行いにくいんです。私も養成所の試験の時、「手を見せて」と言われました。
また、些細な違いに気付ける、ピントを合わせるのが早い、といった目の力も大事ですね。
肛門鑑別の様子
——なぜ高橋さんは鑑別師になったのですか?
私はもともと百貨店でジュエリーの販売をしていたのですが「これは私がやらなくてもいい仕事なんじゃないか」という気持ちが芽生えてしまって。自分の特性を活かした仕事をしたいなと思っていたところ、テレビ番組でフランスで悠々自適に田舎暮らしをする初生鑑別師の存在を知ったんです。自分が初生雛鑑別師としてはたらく姿をリアルにイメージできたので、養成所に入ることを決めました。
——大胆なキャリアチェンジですね。
幼少期のころから何かを見て選別することがすごく好きだったんですよ。学生時代に年賀状を仕分けるアルバイトをしていたのですが、ベテランの社員さんよりも断然私のほうが速く作業ができました。幼少期は道端で四葉のクローバーを見つけるのが得意だったし、適性があると感じたんです。
——新たな仕事に挑戦し、苦労したことはありましたか?
養成所では、最初に鑑別のためにヒヨコの糞を押し出す「脱糞」という工程を習います。ヒヨコって生殖突起と排泄口が同じところにあるので、糞を出しておかないと視界を遮ってしまって鑑別ができないんです。「鑑別師は脱糞が命」と言われるくらい大切な技術なのですが、私は脱糞がうまくいかず苦労しました。同期がみんな先に進んでいる中で、一人でひたすら脱糞だけを練習していました。
——周りが次のステップに進んでいるとすごく焦りそうな気がしますが……。
ちゃんと基礎を身につけた先に飛躍が待っているということを感じ取っていたので、焦らず、黙々とやっていました。逆にみんなが次に進んでいるのをしめしめと思って見ていましたね(笑)。基礎技術を丁寧に積み重ねたことが、今につながっていると感じます。