不安感を人為的に抑制することに成功
これを踏まえてチームは、人為的な方法で不安感を逆に抑制できないかチャレンジすることに。
ガラス玉の不安環境にあるマウスの脳を調べてみると、手綱核への脳血流量が増大し、アストロサイト内のpH(水素イオン指数)が酸性化していることが分かりました。
pHは0~14の数値で表され、pH7を中性とし、7より小さい場合が酸性、大きい場合がアルカリ性となります。
つまり、不安感が生じているマウスのアストロサイトは「酸性化」した状態にあるということです。
だとすれば、アストロサイトを人為的にアルカリ化することで、不安感にともなう酸性化を打ち消し、抗不安作用が生まれるのではないでしょうか?
そこでチームは光遺伝学という技法を用い、光の照射で細胞の遺伝子発現を制御できる遺伝子改変マウスを作り、光刺激でアストロサイトの細胞内をアルカリ化させてみました。
最初にマウスをガラス玉ケージに入れて、不安感を示すシータ波の増強を確認したところで、光刺激を与えてアルカリ化させます。
その結果、手綱核のシータ波が減弱するとともに、マウスはガラス玉で満たされた明るい部屋にも平気で居座るようになったのです。
アストロサイトをアルカリ化させるとマウスの不安感が消失した! / Credit: 東北大学 – 説明のつかない不安感の正体 手綱核アストロサイトによる神経活動制御の解明(2024)
以上の結果から、不安を誘発する環境にあっても人為的な操作を加えれば、不安感を抑制できることが実証されました。
本研究の成果は不安障害の新たな治療戦略を確立する上で、重要なマイルストーンとなることが期待されます。
作家の芥川龍之介は死後見つかった手記の中で自殺理由について、次のような文章を残しています。
誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。
或旧友へ送る手記 芥川龍之介
今回の研究は、漠然とした不安を抱きやすい現代社会において、不安とうまく付き合っていく画期的な方法を見つけるきっかけになるかもしれません。
【編集注 2023.2.19 11:00】
一部の解説について、表現を修正しました。
参考文献
説明のつかない不安感の正体 手綱核アストロサイトによる神経活動制御の解明
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/02/press20240214-02-astrocyte.html
元論文
Anxiety control by astrocytes in the lateral habenula
https://doi.org/10.1016/j.neures.2024.01.006
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。