脳や目を持たない菌類が図形を認識している可能性がある/Credit:Yu Fukasawa et al ., Fungal Ecology (2024)
菌類には世界がどうみえるのでしょうか?
東北大学によって行われた研究によって、脳や目を持たない菌類が図形を認識している可能性が示されました。
これまでの研究により、菌類には学習、記憶、意思決定、問題解決、予測などの能力があることが報告されており、脳を持たない生物たちの認知能力について多くの関心が寄せられています。
新たな研究では菌類の図形認識能力が調べられており、図形の形によって菌糸体のネットワーク形状パターンやネットワーク活性が異なることが明らかになりました。
研究者たちはこの現象について、図形の違いによって脳のニューラルネットワークの活性が異なるのと似た現象が起きており、菌類が図形を認識している可能性があると述べています。
菌類たちはいったいどんな方法で高度な認知的能力を形成しているのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年9月12日付けで、科学雑誌『Fungal Ecology』に公開されています。
目次
菌類は図形の認識ができるのか?ネットワークが生み出すものとは?菌類は図形に応じて異なるネットワークを形成する
菌類は図形の認識ができるのか?
脳や目を持たない菌類が図形を認識している可能性がある/Credit:Yu Fukasawa et al ., Fungal Ecology (2024)
上の図では、白いモヤモヤとしたものが時間経過とともに徐々に広がっていく様子が見て取れます。
最初は初期配置された円型のポイントとX型のポイントの2つだけが見えます。
しかし最終段階では、人間の目でもわかるような明確なパターンとラインを持っていることがわかります。
上側のものは大きな環状構造と各ポイントから外部に向けて放射状に伸びるラインを形成し、下側のものは中心部に明瞭なX構造を形成し、外部へ続くラインは最も外側の4つのポイントを起点に広がっていくのが見えます。
このような明確なパターンを持つ構造を描けるのは、地球生命の中でもごく限られた存在だけです。
実際、小さな子供に円型とX型のポイントが描かれた紙と鉛筆を渡して線を描かせても、ここまで整然としたものは作れないでしょう。
しかし自然界に生息する菌類には、それが可能な種が存在するのです。
この白い物体の正体は、木材などを栄養源に生活するチャカワタケ(Phanerochaete velutina)と言われる菌類の一種です。
なぜ脳も目もない菌類が、意図を持ったかのような構造を作れたのでしょうか?
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ネットワークが生み出すものとは?
ネットワークそのものに認知を作る機能が秘められています/Credit:Canva
私たち人間の複雑な認知能力は、脳に存在する神経細胞のニューラルネットワークに依存しています。
人間が何かを記憶したり学習したりすると、ネットワークが変化して新たな接続が形成され、ネットワークを流れる電気の流れが変化します。
このネットワークの変化によって、私たちは楽器を演奏するスキルや外国語の習得が可能になります。
この事実は、ネットワーク構造は記憶や認知能力を生み出す母体となっていることを示しています。
ネットワークの個人差は、人間の性格や思想の違いすら生み出すことすら可能です。
ロボトミー手術が人間の人格を破壊してしまうのも、脳のネットワークを物理的に破壊してしまうからだと言えるでしょう。
人間は脳内のネットワークを維持することで記憶やスキルを維持し、ネットワークを進化させることで知識や技能を向上させていきます。
さらに近年の急速な脳科学の進歩により、人間の特定の認知能力が、脳内に存在するどのネットワークに対応しているかも明らかになってきました。
たとえば人間の脳内には図形を認識するためのネットワーク群が存在しており、三角形を認識するときと四角形を認識するときには別々のネットワークが活性化していることが判明しています。
この結果は、人間の脳内には三角形を認識するネットワークと四角形を認識するネットワークの両方が存在していることを示しています。
では脳と同じようにネットワークを作る菌類はどうなのでしょうか?
アメリカナラタケと呼ばれる菌は地下に9平方キロメートル(3㎞×3㎞)、およそサッカー場1300個分に及ぶ巨大なネットワークを築く種も存在します。
この菌は最大で8500年にわたり生きて成長を続けていると考えられており、地球で最も大きな生命とされています。
そこで今回、東北大学の研究者たちは、ネットワーク構造を作る能力がある菌類に図形を認識する能力があるかどうかを調べることにしました。