「何言ってるのよ。ラッキーなんだよ!」
「でも、仕事は減るし、この歳で発達障害って言われるなんて、本当についてないよ」
短い沈黙のあと思わず口走ってしまった。滅多に感情を表に出すことがないのに、この時は激しい口調になってしまってもいた。
「何言ってるのよ。ラッキーなんだよ!」
「ラッキー?……どこが!?」
「今までは原因が分からなかったけど、今は分かった。分かったなら対策が練れるから、それはよかったんだよ!」
対策? 医者が「これまでやってこなかったことをやってみるとか?」と言ったときの表情が脳裏をよぎった。
「じゃあ。私、これからボイトレだから。またね」
電話は唐突に切れた。
何年も精神科クリニックに通った挙句、診断名が、「不安障害」から「発達障害」に変更された。その上、還暦間近で仕事がない。
これ以上の悲劇はないではないか。当時は自己憐憫に浸ってしまったが、今思えば彼女のいうことは部分的には正しかった。
どんなことにもいい面と悪い面がある。発達障害宣告も、決して悪いことばかりではなかったのだ。これまでにみたことのない角度で自分を観察する契機になった。
そして、新たな出会いの機会も与えてくれたのだ。
文/桑原カズヒサ