チェーン中華を調べていると、紅虎餃子房の名が上がってきた。えっ、紅虎餃子房ってチェーンだったの?
25年くらい前。当時お付き合いしていた恋人が小田急線の百合ヶ丘駅あたりに住んでいて、バイクでよく通った。
その道すがら、読売ランド駅前あたりに紅虎餃子房みたいな名前のワイルドな店があったような気がするんだけど……記憶違い?
ともあれ2024年、ルミネ池袋の中に入っていた紅虎餃子房は、それはそれは気品あふれる美しい店だった。
「めちゃ高級店やん……」。
しかもスンゲ〜広い席に通してくれた。なんか申し訳ないな……と、ソワソワする私。
私の記憶を元にイメージしていた紅虎餃子房は、それはもう庶民的な、居酒屋に近い “鉄鍋棒餃子屋さん” だ。
それなのに……
なにこの高貴なメニューは。
そして……
いちばん安くて880円(税込968円)!? しかも名前こそ『蛋炒饭(卵チャーハン)』だけど、その実態は『玉子レタスチャーハン』だとぉ……!?
奇しくも前回食べたかった「レタスチャーハン」のチャンスが今まさに! ということで嬉々として『玉子レタスチャーハン』を注文したのだが……
耳を澄ますと、リズミカルな「カンカン」が派手に聞こえる。
振り返って厨房を覗くと、中華鍋を振りまくってる。どうも3人の料理人で回してるっぽい。
ものすごくちゃんと「炒(チャオ)」ってる。しかもそのカンカン音が、なんか上品。高級なカンカンなのだ。
よく「日本は貧乏になった」と言う。
しかし、この店のメニューも、店内の内装も、そしてカンカン音も、すべてがゴージャスなものに感じる。
日本が貧乏になったのではなく、私が貧乏になっただけなのでは──なんて考えていたら、
きたっ……
レタスチャーハンが来た!
……ていうか、なんと!
スープなし!
また、盛り付けの感じも「本場式」というか、THE中国式。カッポリさせず、フワリと寝かす的な。
具は玉子、チャーシュー、ネギ、そしてレタス。
食べてみると……
ウマイ。
文句なしでウマイ。
シャキシャキのレタスあり、フニャ系レタスもあり、おもしろ食感で飽きさせない。
まさに「塩」と「うま味調味料」だけで味付けした超絶シンプルな味。
だからこそ、料理人の腕前が顕著に出る、これぞ本場のTHE炒飯(チャオファン)。超絶ウマイ。超絶級に。
──と、ここで私は思い出した。完全にフラッシュバック的に、それはもう走馬灯のように、私の脳裏にMy炒飯メモリアルが再生されたのであった。
高1(15歳)の夏。
中目黒に住んでいた私は、恵比寿の住宅街にある耳鼻科でアルバイトをしていた。学校(男子校)の校則では禁止されていたが、病院の先生が “遠い親戚” だったので、こっそり雇ってくれたのだ。
学校の制服の白Yシャツに黒ズボン。そこにロングの白衣を纏ったらブラックジャックのような格好になり我ながら気に入っていたのだが、彼と同じく医師免許は持っていないので「受け付け&雑用係」として働いていた。
恵比寿というオシャレな場所がら、誰もが知ってる有名人も数多く来院した。耳鼻科で使う道具の掃除や、綿棒を作ったり、地味な作業もせっせとこなした。
バイト期間は夏休みの間だけの約束。やがて最終日がやってきた。最後の仕事が終わると先生は、私を代官山駅近く(鎗ヶ崎交差点すぐそば)のオシャレな中華料理店に連れて行ってくれた。
地下にあるその店は、それはそれは「THE代官山」とも言うべきハイソサエティーな高級店であり、高級中華は親戚との集まりでしか行ったことのなかった私は、完全に舞い上がっていた。
「なんでも注文していいよ。たくさん食べなさい」
先生はそう言ってくれたが、あまりもメニューが難解すぎて、何を注文したら良いのかわからない。
そんな中、私にも理解できるメニューがあった。炒飯である。ところが見慣れない文字が付いている。
「レタス炒飯」。
レ、レタス? え? レタス? あのレタス? あのサラダとかサンドイッチとかに入ってるレタスをチャーハンに? え?
わけがわからないけど食べてみたい。絶対にコレ。絶対に食べたい。ということで「では、レタス炒飯で」と言うと、先生は「え? チャーハンでいいの? 遠慮しないでいいんだよ」と驚いた顔で言う。
「いいえ。レタス炒飯が食べたいです」。フカヒレだとかなんだとか、いろいろあったけどレタス炒飯。テコでも動かない強い意志で、私はレタスチャーハンを指名した。
そしてやってきたレタス炒飯。
その姿が、まさに……
今回の、こんな感じだった。
いただきますしてから、すぐに食べた。
人生初のレタス炒飯の味は……それはもう衝撃という言葉では足りないほどの大革命であり、世界で初めてレタス炒飯を作った人間にノーベル炒飯賞を与えてくれっ……と本気で思うほどの感動がそこにはあった。
無我夢中で食べた。食べる度に衝撃。なんなんだこれは。こんなにウマい食べ物がこの世の中にあったのか。止まらない。感動もスプーンも止まらない。
──と、ここで私はハッと我に返った。
そして半分ほど食べたレタス炒飯を前にして、高1の私は先生にこう言った。今思い出しても、あまりにも健気すぎて泣きそうになるが、そのまま書きたい。
「先生、この残りのチャーハン、お持ち帰りにしてもよろしいでしょうか。母に食べさせたくて」。
母はグルメだった。
当時(というか小学校の頃から)、私も1人でラーメン屋に行く人間だったが、母も1人で次々と新たなラーメン屋を開拓し、どこかウマい店があったらお互い情報交換するという、今で言うところの「家庭内食べログ的な親子関係」だった。
そんな母はチャーハンよりもラーメン派であるが、どうかこの衝撃的なチャーハンを食べさせたい。間違いなく食べたことないだろう味だから絶対にブッ飛ぶぞ。
純粋にそう思い、先生に「半分残してお持ち帰りにしていいですか」とお伺いしたのだが、先生は「ハッハッハ!」と笑いながら店員さんを呼び、「レタスチャーハン1つ、お持ち帰り用で」とオーダー。
そして「その(私の前にある)チャーハンは、ぜんぶGO君が食べなさい」と言ってくださったのであった。
私は「ありがとうございます。ありがとうございます」と言いながら、残りのレタスチャーハンを秒でペロリとたいらげた。
ほどなくして店員さんが持ってきてくれた「持ち帰り用のレタスチャーチャン」は、「アルミホイルで包装したものを、透明のフードパックに入れる」という、これまた高級感あふれる包装っぷり。
なにげに幼い頃から母や祖父に上等な店に連れて行ってもらっていたグルメの私は心の中で、そのアルミホイルに対し「二子玉川のつばめグリルのハンブルグステーキかよ!」と、非常にわかりにくいツッコミをしていた。
そんな甘酸っぱい思い出が一瞬にしてフラッシュバックし、思わず泣きそうになってしまったのであった。
ちなみに紅虎餃子房の『玉子レタスチャーハン』は、さすが880円(税込968円)というか、1人前の量にしては極めて量が多い。
高1くらいの食べ盛りならペロリかもしれないが、45歳のオッサンには腹パン必至の大ボリューム。
他店の普通のチャーハンに比べると、「大盛り」くらいは確実にある。もしかしたら “皆で取り分けるチャーハン” なのかもしれない。
それこそ半分残さなくても余裕で母にも分け与えられるくらいの量があった。なので880円(税込968円)も、決して高くないと私は思う。
──てな感じで、紅虎餃子房で一番安い「玉子レタスチャーハン」は、大変満足いく一品だった。誰が食べても「ウマイ」と言うだろう。
25年前を思い出しながら入店したら、30年前の感動がそこにはあった。
同伴者か、作り手か、いずれにしても私の脳内にある数々のチャーハンの奥には必ず「思い出の人」がいる。