相手を「家族」と思えば、それはもう家族
――そして婚活に頭を抱える美苑がソノと暮らすアトリエに、美苑の後輩・キキちゃんが転がり込み、疑似家族的な関係を作ります。
上畠 美苑の家族関係はちょっと複雑です。なので、美苑が人間社会に生まれ直すために、いったん、社会の最小単位である他の家族に入り直す必要がありました。疑似家族でもいいから、そこを糸口に社会につなげていかなきゃいけない。「キキ」という名前には、美苑の話を聞いてくれる存在、という意味を込めました。動物にしか興味がない美苑の話を聞き、人間社会へとつなげてくれる重要な存在です。
――美苑の母のお手伝いにきたつばめちゃんとも姉妹のような関係になりますね。血縁の家族とのつながりではなく、疑似的な家族のつながりを描いたのはなぜですか。
上畠 家族って、相手のことを「家族」だと思えばもう家族なんだと思うんです。離れていても家族だし、飼っている猫を家族だと思う人もいますよね。恋人のような一対一の関係ではなく、チームのようなもの。美苑は訳あって、血縁者とのつながりが消えていきますが、そうなっても、家族的なつながりは得られるはずという願いを込めて書きました。これは私自身の願いでもあります。
――美苑はキキちゃんのアドバイスのもとマッチングアプリを始めますが、これは上畠さんの実体験も下敷きになっているそうですね。
上畠 私も美苑と同じく結婚願望がないのですが、興味があって婚活パーティやマッチングアプリを試してみたことがあるんです。
――どうでしたか?
上畠 結婚を目的に会うと、かえって関係を築きにくいと感じました。婚活でなければ、出会って、まず友達になって、その中の一人から好きな人が出てきて、関係を深めていく、といった流れが多いじゃないですか。でも、婚活だと、会ってみて「この人と結婚はできないな」って思っちゃうと、もうそれきりで、友達にもなれない。はっきりと結婚したいと思っている人じゃないと向いていないシステムかもしれないですね。
――作品の中に生かした点は。
上畠 マッチングのシステムとか、どんなプロフィールがあるかなどは、リアリティを持って書けたかな。あと、ちょっとネタバレになりますが、マッチングして会ってみたら昔の知り合いだった、というのは地方の婚活あるあるです(笑)。
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小説は「死」について考察する手段
――活け花の先生である美苑の母は、病に倒れ、花のように「最期の瞬間まで、美しく活け(生き)続ける。それだけ」と延命治療を拒否します。また、美苑は大切な人々と死に別れ、その回復もこの小説の軸だと感じました。
上畠 死生観はもっとも興味のあることの一つです。民俗的な死生観の違いを調べたり、よく友人とも話題にして日々考えています。私にとって小説を書くことは死を考察する手段でもあります。『しゃもぬまの島』は幻想味が強い死生観でしたが、今回は個人の生き方に根付いた素朴なものを書けたと思います。これからも追求したいテーマです。
――前作も死が大きなテーマとなっていましたね。前作より進化した部分はありますか。
上畠 一作目より現実味のあるものを書けたと思います。いつもストーリーの構造から考えるのですが、今回は、人と人が仲良くなっていく過程を書く時など、構造はひとまず置いて感情の流れを信用して書いていった部分も結構あって。こういうのもアリなんだ、と思えました。
あと、自分はずっと朝型だと思ってたんですが、意外と夜も書けることに気づきました(笑)。今回、月一回の連載で書かせていただいて、そうなると、仕事から帰ってきて真夜中まで書く日もあったんです。インコちゃんが眩しくないように、ちょっと離れたところで一人でパソコンをパチパチ打っていたんですが、その合間にインコちゃんの「プピッ、ピッピッ」ていう寝息とか、身じろぎする音が聞こえて、幸せな気持ちになって。夜も悪くないな、というのは発見の一つでしたね。
――それこそ家族がいる幸せを感じる瞬間ですよね。執筆で苦労したところは。
上畠 美苑は動物と暮らしていて、その生活に満足しており、さみしさを感じていません。私も美苑と似ています。だから、結婚とは何かがわからない。そんな人間をどうやって「婚活」に向かわせるのかに、すごく悩みました。
しかも美苑は行動が読めなくて……。訳はありつつも、急にクラスメイトの男の子に石を投げつけたり、かと思えば、マッチングアプリで出会った怪しい男を簡単に家に上げてしまったり、ある人に突然プロポーズしちゃったり。合理的なようで突拍子もないことをしちゃうので、何度もストーリーを練り直すことになりました。