「持続可能な光の中に」佐原ひかり×真下みこと『スターゲイザー』刊行記念対談

普通の人たちの悩みを抱きしめて

真下 三章の「愛は不可逆」で、遥歌が自分の美貌について、「顔が綺麗って言われるけど、それってほめ言葉じゃないと思う。この顔はもともとのものだから、おれがどうとかって話じゃない」と言ってるのが衝撃でした。顔が綺麗と言われる人ってそうなの? って。
佐原 小説の中で語られがちなのって、容姿に恵まれていないがゆえの苦しみですよね。でも、容姿に恵まれている人にも、恵まれているがゆえの悩みがあると思うんですよ。それってたぶん人には言えない悩みなんですよね。「顔を褒められても別に嬉しくない」なんて言ったら「はあ?」みたいな空気になるじゃないですか。でも、本人にとっては切実な悩みかもしれない。
 実際、アイドル誌で男性アイドルのインタビューを読むと、「顔がいいって褒めてもらえるんだけどね(笑)」って、ちょっと自虐的に言っている子がいるんですよ。顔がピカイチにいい子が。たしかにその子は踊りとか歌とかが顔に追いついてないって感じだったので、コンプレックスを感じているだろうし、周りからやっかまれることもあるのかも。そこは言語化しておくべきところだなと思いました。

――大丈夫そうに見えても悩んでいる部分がきっとあるみたいなのは、真下さんの新刊『かごいっぱいに詰め込んで』のテーマにも通じるところがありますね。

佐原 『かごいっぱいに詰め込んで』を読んで、「真下さん、マジですごいことやっている」と思ったんですよ。何がすごいかというと、ここに出てくる人たちって、本当に普通の人たちなんです。私の場合は特殊な人たちが、その特異性に対して悩んでいる話を書きがちなんですけど、真下さんは『かごいっぱいに詰め込んで』でごく普通の市井の人たちの悩みを描いている。誰でも身に覚えがある、ふだん見落としてしまっている悩み。それってかなり難しいことだと思います。
 例えば第一話の「おしゃべりなレジ係」。主人公の美奈子が専業主婦を二十年やってから就職活動を始めるんですが、なかなかうまくいかない。そういえば、うちの母親も定年退職を迎えて、もうちょっと働きたいからってハローワークに行ったんですけど、なかなか採用されなくて悩んでいたことを思い出しました。
 第四話の「なわとびの入り方」は妊活の話。私の友人にも、主人公の咲希のように、周りに追いつかなきゃみたいな感じで悩んでいる人がいて、どんな言葉をかけたらいいか分からなかったことを思い出しました。そういう自分の身近にいる人たちの悩みをちゃんとすくい上げて、抱きしめていると思いましたね。

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読後感のいい小説への挑戦

真下 『かごいっぱいに詰め込んで』では、もともとはいろんな年代の、いろんな人の話を書きたいと思ったんです。振り返ると、これまで自分と年代の近い女性視点でばかり書いてきたことに気づいて、そうじゃない小説を書きたくて。デビュー作(『#柚莉愛とかくれんぼ』)でSNSを使った話を書いたので、二作目(『あさひは失敗しない』)はSNSを使わなくても書けるぞというところを見せたかった。三作目の『茜さす日に嘘を隠して』は長編ではなく連作短編で、歌詞を書けることもアピールしたいなと思ったんですね。いつも同じ感じだと飽きられちゃうと思うので、新しいことに挑戦したいんです。
佐原 「おしゃべりレジ」は後から?
真下 そうですね。今セルフレジがどんどん増えていますよね。私自身はセルフレジ派で、セルフレジがあったらセルフレジを使うんですけど、セルフレジしかないお店で困っていたおばあさんがいたんですよ。結局、店員さんがやってくれたんですけど、その店員さんが素っ気ない対応だったんです。セルフレジが使えないというだけでそんなに冷たくしなくたっていいじゃないかと思って、そういう人がゆっくりお会計できるようなレジがあればいいのになって思いました。
 調べてみたら、オランダで世間話ができるレジがスーパーに導入されているというニュース記事が見つかって、まだ日本にはないから書いてみようと思いました。おしゃべりレジを軸にすればいろんな世代の人たちの話を書いて連作にできるんじゃないかと。
 実はもう一つやりたかったことがあって、それは読後感のいい小説を書くということ。私の小説って、読後感が悪いと言われていて、自分自身、読者として読後感が悪い小説が好きだったので自然とそうなったんです。でも、自分が就職して本を読もうとなった時に、現実がこんなつらいのに本の中でもつらい気持ちになりたくないと思ってしまって。それで今回は読後感のいい小説、ハッピーエンドをめざそうと。佐原さんには「これハッピーエンドですか?」みたいに言われたんですけど(笑)。
佐原 連作のうち、いくつかはただのハッピーエンドじゃないってことですよ(笑)。この後、ホラー待ってるぞみたいな予感が漂っていたりして。
真下 そういう話もあるんですけど、全体として前向きエンドみたいな感じにはしたいなと。働いている人の話でもあるので、お勤めの方が手に取った時に、読まなきゃよかった、すっごい嫌な気持ちになった、みたいにならないようなものにしたかったんです。これは就職しないと分からなかったので、就職した経験が生かされているのかなと思います。
佐原 五つの短編の主人公、それぞれの解像度がめっちゃ高かったです。自分と全く属性が異なる人を書く時に、どうやって解像度を上げたのかを聞きたいです。
真下 登場人物に似た属性の知り合いに、取材というほどかしこまった感じじゃなくて、何時に会社に行って何時に帰ってくるとか、ルーティンはありますかとか、質問させてもらいました。後は就活の時に見ていた『業界地図』とか『会社四季報』で、どんな業界のどんな規模の会社に勤めていることにしようかなと考えたりしましたね。
 仕事の描写に関しては自信がなかったんですけど、自分が会社員だった時の経験をベースに、主人公の属性に近い人に聞いた話と、自分がやっていた仕事との差異をあぶり出していき、想像して書くみたいな感じでした。