Credit: Julien Benoit et al., PLOS ONE(2024)

人類が見たことのないはずの古生物の姿が岩壁に描かれていたようです。

南ア・ウィットウォーターズランド大学(University of the Witwatersrand)の研究者は最近、南アフリカの先住民族が1820〜30年代に描いたロックアートの中に、約2億6000万年前に絶滅した「ディキノドン」の絵が発見されたと報告しました。

ディキノドンは約2億6000万年前に地球上から消えてしまっていますから、南アの先住民族がその存在を知るはずもありません。

一体なぜ彼らはディキノドンを岩絵に描くことができたのでしょうか?

研究の詳細は2024年9月18日付で科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されています。

 

目次

南アの先住民族「サン」が残した謎の岩絵「角のある蛇」が「ディキノドン」である根拠とは?

南アの先住民族「サン」が残した謎の岩絵

ディキノドンと見られる古生物の岩絵が見つかったのは、南アフリカ共和国のフリーステイト州にある「ラ・ベル・フランス(La Belle France)」と呼ばれる場所です。

ラ・ベル・フランスは南部アフリカの先住民族である「サン人」によって描かれた岩絵がある場所として知られます。

これまでの調査で、ラ・ベル・フランスの岩絵は1821年から1835年に描かれたことがわかっていました。

岩絵には先住民族の戦士であったり、4本足のシカのような動物の絵がいくつも描かれています。

しかし中でも研究者たちの目を強く引いてきたのが「角のある蛇(Horned Serpent)」と呼ばれている岩絵でした。


ラ・ベル・フランスの岩絵/ Credit: Julien Benoit et al., PLOS ONE(2024)

「角のある蛇(Horned Serpent)」は全体としてはセイウチのような見た目をしており、短い四肢がついていて、体にイボイボの斑点があり、口先に2本の牙が描かれています。

この絵を見れば、多くの人は「セイウチだろう」と考えそうですが、セイウチは南アフリカの裏側である北極圏にのみ生息する海洋哺乳類で、サン人は目にしたこともありません。


Credit: Julien Benoit et al., PLOS ONE(2024)

そのため、研究者たちはこれまで、この絵について「サン人が空想の世界である神話上の生物として作り上げたものだろう」と考えてきました。

ところがウィットウォーターズランド大の進化生物学者であるジュリアン・ブノワ(Julien Benoit)氏は、従来の考えとはまったく異なる大胆な仮説を打ち立てています。

それが「角のある蛇は約2億6000万年前に絶滅したディキノドンの絵である」というものでした。

一体どんな根拠からこの仮説に至ったのでしょうか?

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「角のある蛇」が「ディキノドン」である根拠とは?

そもそもディキノドンが生物学的に初めて世に知れ渡ったのは、1845年にイギリスの古生物学者であるリチャード・オーウェン(1804〜1892)が化石を発見したことによります。

このときにディキノドン・ラセルティセプス・オーウェン(Dicynodon lacerticeps Owen, 1845)との種名が付けられました。

つまり、サン人が1821年から1835年に描いた岩絵「角のある蛇」が本当にディキノドンなら、オーウェンより以前に本種を発見していたことになります。


ディキノドンの復元図の一つ/ Credit: ja.wikipedia

では、ブノワ氏がこの大胆な仮説に至った根拠を見てみましょう。

まず、ディキノドンは約2億6000万年前のペルム期末〜三畳紀初めにおいて、かつて存在したゴンドワナ大陸で繁栄しました。

ゴンドワナ大陸は地球の南半球に位置し、今日のアフリカ大陸や南アメリカ大陸、インド亜大陸、南極、オーストラリア大陸などが一つになっていた超大陸です。

そのため、ディキノドンの化石はこれらの大陸を中心によく見つかっています。

中でも特にアフリカ南部の面積の3分の2を覆う「カルー超層群」という地層からディキノドンの化石が頻繁に見つかっているのです。

これはサン人の活動範囲と重なっており、さらにラ・ベル・フランスの周囲でもディキノドンの化石の発掘例が多数報告されています。

ブノワ氏も自らの足でラ・ベル・フランスを見に行った際、その周辺の岩石に露出したディキノドンの化石をいくつか見つけていました。

つまり、現地に住むサン人が西洋の古生物学者より以前にディキノドンの化石を発掘して知っていた可能性が大いにあり得るのです。


岩絵と現地周辺で発掘されたディキノドンの化石/ Credit: Julien Benoit et al., PLOS ONE(2024)

そしてブノワ氏は「ラ・ベル・フランスに描かれた”角のある蛇”こそ、サン人が化石を元に生前の姿を復元したディキノドンの姿である」と考えました。

それは今日の科学で正確に復元されたディキノドンの姿と照らし合わせるとよくわかるといいます。

ディキノドンは全長が1.2メートル程で、胴体が少し長く、体表面にイボイボの皮膚模様をもっており、口先にカーブを描いた2本の牙が生えていました。

これらの特徴はサン人が岩壁に描いた生物の姿と見事に一致しているのです。

ブノワ氏は「南部アフリカには他にこのような姿をした生物は存在していません。最も近いセイウチは地球の裏側にある北極圏に住んでいます」と指摘しました。

例えば、アフリカゾウやイボイノシシにしても2本の牙が頭の前方に向かって反り返っており、「角のある蛇」とは曲がっている方向が違います。

また体表面のイボイボは発掘されたディキノドンの皮膚ミイラからもしっかりと確認されています(上図の右下を参照)。


現地で発掘されたディキノドンの牙の化石/ Credit: Julien Benoit et al., PLOS ONE(2024)

以上を踏まえると、サン人の描いた「角のある蛇」はディキノドンの姿である可能性も最も高いのです。

実際に、古代人が骨の化石から生物の姿をイメージで復元した例は世界各地で知られています。

古代中国では、発見された恐竜の化石(もちろん、当時は恐竜の存在など知られていません)が「竜の骨」と解釈されていました。

そしてその骨を伝統的な医薬品として使っていたのです。

こうした例を見ても、サン人が化石から古生物の姿を復元したとして何もおかしくはありません。

ただ驚くべきはその復元の正確さです。

古生物の知識などないはずのサン人が化石から、ここまでディキノドンの姿に近づいたのは予想外のことでした。

歴史的に、西洋文明は何かと先住民族を過小評価してきましたが、南アフリカのサン人を含め、先住民族の知恵や知識は私たちの想像以上に深いものなのかもしれません。

参考文献

South African Rock Art Depicts 260-Million-Year-Old Extinct Animal, Study Suggests
https://www.sciencealert.com/south-african-rock-art-depicts-260-million-year-old-extinct-animal-study-suggests

African Rock Art May Show Extinct Animal That Lived Millions Of Years Before Humans
https://www.iflscience.com/african-rock-art-may-show-extinct-animal-that-lived-millions-of-years-before-humans-76015

元論文

A possible later stone age painting of a dicynodont (Synapsida) from the South African Karoo
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0309908

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部