Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

花粉症の方であれば、あの目の痒みや止まらないくしゃみの苦しみを十分に知っているでしょう。

実は同じ苦しみをマンモスも味わっていたかもしれません。

このほど、伊ミラノ工科大学(Politecnico di Milano)らの最新研究により、約1万年前まで地球上に存在したマンモスは「花粉症」によって絶滅に追いやられた可能性があるとの大胆な新説が発表されました。

私たちはいくら花粉症がひどいといっても死に至ることはありません。

しかし「花粉症が一つの種を絶滅させる」とは一体どのような理屈なのでしょうか?

研究の詳細は2024年8月27日付で科学雑誌『Earth History and Biodiversity』に掲載されています。

目次

なぜマンモスは絶滅してしまったのか?マンモスは「花粉症」で絶滅した?

なぜマンモスは絶滅してしまったのか?

マンモスはゾウ科マンモス属に分類される絶滅哺乳類です。

彼らが絶滅した時期の推定値には幅がありますが、だいたい約400万年前から最終氷期の終わりにあたる約1万年前まで生息していたと考えられています。

最古のマンモスは北アフリカにて生まれましたが、そこからヨーロッパを北上してシベリアやさらに東の北アメリカ大陸へと移動。

その中で寒冷地に適応した毛がフサフサの「ケナガマンモス (学名:Mammuthus primigenius)」などが誕生しました。


ケナガマンモスの復元図/ Credit: ja.wikipedia

地球上のほとんどの生息地では1万年前までに大半の種が姿を消していますが、ロシア北東部の離島であるウランゲリ島では、約4000年前まで少数のマンモス個体が生き残っていたとされています。

マンモスを絶滅させた2つのシナリオ

マンモスの絶滅原因についてはこれまでに数多くの研究報告がなされていますが、いまだに議論の決着はついておらず、専門家の間でも意見が割れています。

しかしその中でも特に有力な説は、おおよそ2つのシナリオにまとめられます。

1つは「気候変動」です。

約7万〜1万年前の最終氷期まで生き残っていたマンモスは、寒冷な気候に適応した生態となっていました。

ところが最終氷期の終わりに急激な温暖化が始まり、地球の平均気温は約10℃も上がったといわれています。

その結果、それまで暮らしていた環境の植生がガラリと変わり、餌となる資源が消えました。

こうした凄まじい環境の変化にマンモスの進化がついていけず、徐々に個体数を減らしていったのです。


Credit: canva

もう1つは「人類による狩猟」です。

ホモ・サピエンス(現生人類)は約20〜30万年前に誕生し、約6〜7万年前に生まれ故郷であるアフリカを出て、世界中へと広がっていきました。

最終氷期の終わりまでにはシベリヤや北アメリカにも達しており、大型動物を狩るための鋭利で頑丈な石器も発明しています。

これまでの考古学調査でも、石器によって狩られたと見られるマンモスの遺体がいくつも見つかっており、人類が積極的にマンモスの狩りをしていたことがわかっています。

マンモスは1回の出産につき1頭の子供しか産まなかったため、狩猟の圧力に非常に脆弱な生き物でした。

そして人類が繁殖不能になるまでマンモスを狩り尽くしたことで、種の絶滅に至ったと考えられています。

これら2つはマンモスが絶滅したシナリオとして最も有名なものです。

しかし研究チームは今回、まったく別角度の大胆な新説を提唱しました。

それが「マンモスは花粉症が原因で絶滅した」というものです。

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マンモスは「花粉症」で絶滅した?

花粉症は花粉に対するアレルギー反応によって起こる疾患で、くしゃみや目の痒み、鼻水や鼻づまり、熱っぽさといった不快な症状を伴います。

しかし人では花粉症がいくら重症でも死に至ることはありませんが、研究者らは「マンモスなら花粉症で種の絶滅もあり得る」と話します。

彼らが提唱した仮説とはこうです。

まず、最終氷期の終わりに起こった温暖化により、植物が大量に繁茂し始めます。

それにともない、植物から膨大な量の花粉も空中に放出されるようになりました。

この大量の花粉を吸い込んだマンモスがアレルギー反応を起こし、鼻づまりのような症状を起こして、嗅覚に支障をきたします。

マンモスは、近縁種である今日のゾウたちがそうであるように、仲間同士のコミュニケーションに嗅覚を非常に重視したと考えられています。

ところが花粉症のせいで嗅覚が落ちたマンモスは、繁殖相手となるパートナーを匂いで探すことができなくなり、それが原因でオスメスのつがいが形成できずに個体数が徐々に減少。

この状態が続いた結果、マンモスが種としての絶滅を迎えたというのです。


Credit: canva

永久凍土から回収されたマンモスの遺体を調べた複数の研究では、体組織の表面や胃の内容物に多くの花粉が検出されているため、マンモスのいた当時に花粉がたくさん蔓延していたことは確かでしょう。

しかしながら問題は「マンモス自体に花粉症を起こす体質があったかどうか」です。

花粉が大量に舞っていたとしても、体がそれに反応しなければ花粉症にはなりません。

では、花粉症を発症するのに必要なキーポイントを見てみましょう。

マンモスも「花粉症」を発症した可能性はあるのか?

まずもって花粉症とは、体の免疫システムが花粉を異物としてみなし、過剰に働いてしまうことで起こるアレルギー反応です。

このとき、アレルギー反応を起こす原因物質を「アレルゲン(抗原)」と呼び、ここでは花粉がアレルゲンに当たります。

そして花粉のアレルゲンに敏感に反応してしまう人は、花粉が体内に入ったときにそれを排除しようとして「IgE抗体」という物質を作り出します。

この「IgE抗体」こそがキーポイントです。

体内にIgE抗体が作られた後に再び花粉(アレルゲン)が入ってくると、IgE抗体がアレルゲンと結びついて、免疫細胞が過剰に働き、アレルギー反応を起こすに至るのです。

つまり、花粉症を起こすにはアレルゲンと結びつく「IgE抗体」を持っていなければなりません。


永久凍土から回収されたマンモスの胃腸/ Credit: Gleb Zilberstein et al., Earth History and Biodiversity(2024)

そこでチームは今回、過去にシベリアの永久凍土で発掘されたマンモスの体組織サンプルを調べてみました。

体内で作られたIgE抗体の一部は消化器官を通って便として排出されるため、マンモスの胃の内容物を詳しく調べてみることに。

その結果、チームの予想通り、マンモスの体内からIgE抗体を構成するタンパク質断片が発見されたのです。

研究主任のグレブ・ジルバースタイン(Gleb Zilberstein)氏は「数万年前のマンモスの遺体からIgE抗体を見つけたのは今回が初の成果です」と話します。

この証拠はマンモスの免疫システムがアレルゲン(花粉)に反応して、アレルギー反応(花粉症)を引き起こしていた可能性を示唆するものです。

よって「花粉症でマンモスが絶滅した」という大胆な仮説もまったくあり得ない話ではないことがわかりました。

とはいえ現段階で集められた証拠だけではまだ、この新説が従来の「気候変動」や「人類の狩猟」シナリオよりも説得力があるものとは言えません。

「花粉症」説を確かなものとするには、さらなる物的証拠が必要です。

ただ現実的な見方をすると、花粉症がメインになってマンモスを絶滅に追いやったというよりも、気候変動や人類の狩猟にプラスして、花粉症がマンモスを弱らせるのに加担したと考える方が妥当かもしれません。

参考文献

Pollen allergies drove woolly mammoths to extinction, study claims
https://www.livescience.com/animals/mammoths/pollen-allergies-drove-woolly-mammoths-to-extinction-study-claims

Ice Age hay fever? Woolly mammoth extinction linked to pollen allergies — Study
https://interestingengineering.com/science/woolly-mammoth-extinction-linked-to-allergies

元論文

Sense of smell reduction as factor for mammoth’s and other mammals extinction. Immunoglobulins as possible markers
https://doi.org/10.1016/j.hisbio.2024.100008

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部