【Science誌】勃起機能を維持するには勃起頻度を多くすべきと判明! / Credit:川勝康弘
鍛錬が重要です。
スウェーデンのカロリンスカ研究所(KI)で行われたマウス研究によって、勃起機能を維持するには定期的な勃起が重要である可能性が示されました。
勃起をすればするほど、勃起を助けてくれるお助け細胞(線維芽細胞)が増加していき、逆に勃起の頻度が減るとお助け細胞の数も減っていくことが判明したのです。
研究者たちはこの「勃起とお助け細胞」を「筋トレと筋肉」の関係に例えており「勃起頻度が増すほど勃起をするのが楽になる」と述べています。
勃起とお助け細胞とはどのように関連しているのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年2月9日に『Science』にて掲載されました。
目次
未発見だった「勃起を助けてくれる」細胞勃起すればするほど勃起能力が高まっていく
未発見だった「勃起を助けてくれる」細胞
勃起の仕組みについて、多くの人々は学校の保険体育で学ぶでしょう。
実際、保健体育の教科書のほとんどに「勃起は海綿体に血液が流れ込むことで起こる」と書いてあるはずです。
海綿体とは血管に覆われたスポンジ状の柔らかな組織です。
しかし血流を調節する筋肉(平滑筋)が緩むと海綿体に血液が流れ込んで圧力が増加し、全体が硬くなり勃起と呼ばれる現象が起こります。
台所で例えるならば、筋肉は蛇口を調節するハンドル、流れ込む血液は水、海綿体はスポンジと言えるでしょう。
ただ台所にある普通のスポンジは水を含んでもすぐに流れ出てしまいますが、海綿体は一度入り込んだ血液を保持する仕組みがあるため、外部からの圧力が加わっても硬さを維持できるのです。
マウスの陰茎の断面画像。赤色は線維芽細胞、緑色は血管平滑筋細胞、シアン色は内皮細胞を示します。青は陰茎内のすべての細胞の核を表します。 / Credit:Christian Göritz lab, KI
実際、多くの専門家たちも勃起は「筋肉・血液・海綿体」という3要素を軸に説明できると考えていました。
しかし人間やマウスなどの哺乳類のペニスをよく調べると、陰茎に最も多く存在するのは線維芽細胞と呼ばれる細胞であることがわかります。
線維芽細胞はコラーゲンやヒアルロン酸などを分泌して、組織と組織の「つなぎ(結合組織)」を構成する細胞です。
私たちの体は皮膚・筋肉・神経・骨などさまざまな部品から作られていますが、1つの生命としてまとめるためには、それらを繋ぎ合わせて支える部分が必要となります。
そのため組織の「つなぎ」の中核となる線維芽細胞は、私たちの身体にとってなくてはならない存在と言えるでしょう。
ペニスも血管や神経など複数の部品から構成されており、つなぎの役割をする線維芽細胞が存在すること自体は、それほど不思議ではありません。
ただ本来の「つなぎ」という役割から、ペニスに存在する線維芽細胞には特殊な役割は存在せず、勃起機能を制御するような複雑な役割があるとは考えられていませんでした。
しかし近年の研究により、線維芽細胞には「つなぎ」以上の役割があり、組織を制御する役割が発見されるようになってきました。
つまり、これまで部品を繋ぐ充填剤だと思っていた部分が、実は部品の動きを左右する制御盤である可能性がみえてきたのです。
そこで今回カロリンスカ研究所の研究者たちは「ペニスにある線維芽細胞にも、もしかしたら隠された機能があるのでは?」と考え調査を行うことにしました。
Credit:Canva . 川勝康弘
調査対象となったのは、人間と同じ哺乳類に属するオスマウスたちです。
マウスたちのペニスにも人間と同じ勃起機能が備わっており、勃起メカニズムもほとんど同じだからです。
研究ではまず、オスマウスたちのペニスにある線維芽細胞の遺伝子が組み替えられ、青色光によって活性化するように操作されました。
そしてオスたちのペニスが青色光で照らされます。
するとペニスの線維芽細胞の活性化が平滑筋を弛緩させ、海綿体へ向かう血流を増加させることを発見しました。
つまり線維芽細胞には蛇口の役割をする筋肉をリラックスさせて海綿体に向かう血流を増やし、勃起を助ける役割をしていたのです。
また興味深いことに、ペニスにある線維芽細胞はマウスによって差があり、多ければ多いほど筋肉がリラックスしやすくなって、血流の増加も起きやすいことが示されました。
ではペニスにある線維芽細胞は努力によって増やせるのでしょうか?
(広告の後にも続きます)
勃起すればするほど勃起能力が高まっていく
勃起を助ける線維芽細胞は増やせるのか?
研究者たちは、線維芽細胞は勃起頻度に応じて増える可能性があると予想し、これをマウス実験で検証することにしました。
研究者たちはマウスたちの脳で勃起命令を出す領域を操作して、オスマウスの勃起を自由に制御できるようにしました。
この操作を受けたオスマウスたちは、脳の特定領域だけに作用するように調整された薬(デザイナードラッグ)を投与されるだけで、自分の意思や性欲とは無関係に、勃起のオンオフを起こすようになります。
研究者たちはこの仕組みを使って、勃起頻度の多さと線維芽細胞の数の関係を調べました。
すると予想通り、勃起頻度が多くなればなるほど勃起を助ける線維芽細胞が増加し、勃起がスムーズに起こりやすくなることが判明します。
この結果は筋トレと筋肉の関係と同じように「勃起すればするほど勃起しやすくなる」ことを示しています。
(※筋トレの場合は筋肉が肥大しますが、この場合は線維芽細胞が増加します)
逆に勃起頻度を減らす操作を行った場合、線維芽細胞の数が減少していき、若いオスであっても勃起が起こりにくくなることが示されました。
また若いオスマウスと老いたオスマウスを比べると、若いオスマウスのほうが線維芽細胞の数が多いことが示されました。
これまで勃起機能は「若さ」や「精力」という漠然としたパラメータに依存すると考えられていましたが、実は線維芽細胞の数が真のパラーメータだったわけです。
今回の研究では勃起にかかわる信号の動きも確認できました。 ペニスでは血管拡張によって勃起し血管収縮によって萎えます。 萎えさせる因子としては図の左上にあるNotch信号やノルエピネフィリンの信号があります。 これらの信号は勃起頻度が上がるにつれて弱くなっていきます。 他にも血管を収縮させる因子としてノルアドレナリン(NE)が存在しますが、図の右下のように線維芽細胞にはノルアドレナリンを吸収する仕組みがあります。 勃起頻度が増えると線維芽細胞が増加して血管を収縮させるノルアドレナリンが線維芽細胞にどんどん取り込まれて勃起しやすくなっていきます。 vSMC:血管平滑筋細胞、NO:一酸化窒素 / Credit:EDUARDO LINCK GUIMARAES et al . Corpora cavernosa fibroblasts mediate penile erection . Science (2024)
こうした勃起訓練の多くは、人間の場合、睡眠中に行われており、男性は1晩の間に3~5回の勃起(夜間勃起)を起こすことが知られています。
これは男性ならば夜間に何度も繰り返される現象ですが、通常は目が覚めたときだけ自覚するので、一般的には朝勃ちという俗称で知られています。
これまでの研究では、夜間勃起は夢を見るとされるレム睡眠時に起こることが示されており、性欲や理性を介さず反射的に生じてしまうものと考えられています。
(※性的な夢を見るときには夜間勃起に合わせて夢精が起こります)
また夜間勃起の頻度は加齢によって減少することが判明しています。
研究者たちは今回の発見により、人間が夜間勃起を起こすように進化した原因は、線維芽細胞を増加させることにあった可能性があると述べています。
また研究者たちは、勃起の基本的なメカニズムは、解剖学的構造や細胞構造を含めて全ての哺乳類において非常に類似したものであることを指摘。
線維芽細胞の増減が勃起機能に影響すること、また勃起頻度が勃起機能を鍛えることなどマウスで確認されたことが人間にも当てはまる可能性が高いと述べています。
そのため勃起機能に問題を抱える人たちは勃起を繰り返すことで、勃起機能をある程度回復させられる可能性があると結論しています。
またペニスの線維芽細胞の数を増やす薬を作ることができれば、バイアグラとは違って勃起機能を根本的に回復させられる可能性があると述べています。
ただペニスの線維芽細胞が多ければ多いほどいいわけではありません。
今回の研究では、過酷な訓練の末に、極めて多数の線維芽細胞を持つオスマウスが作られました。
ですがこのオスマウスは勃起が数時間にわたって持続してしまう「持続勃起症(プリアプズム)」と呼ばれる状態を発症してしまいました。
バイアグラによる勃起は薬の効果が切れれば収まりますが、一度増加した線維芽細胞数が戻るのは時間がかかります。
薬などの効果で線維芽細胞を無理に増やしてしまうと、それによって勃起頻度が増え、線維芽細胞がさらに増加してなかなか正常な数に戻らなくなり、勃起が収まらないという正のフィードバックが起きる可能性があるのです。
そのため、もしペニスの線維芽細胞数を増加させる勃起機能改善薬が発売されても、飲み過ぎないほうがいいでしょう。
【編集注 2024.2.19】
記事内容に一部誤りがあったため、修正して再送しております。
参考文献
Fibroblasts in the penis are more important for erectile function than previously thought
https://news.ki.se/fibroblasts-in-the-penis-are-more-important-for-erectile-function-than-previously-thought
元論文
Corpora cavernosa fibroblasts mediate penile erection
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ade8064
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。