世界初、うつ遺伝には母から子への「ウイルス感染」のルートが存在すると判明! / Credit: canva
うつ病は現代社会で急増している代表的な病気です。
その発症原因としては生活中の環境ストレスの他に、親からの遺伝が関与すると言われています。
しかし今のところ、親から子に受け継がれる遺伝子の中に、うつ病の発症と関連する遺伝子は見つかっておらず、その仕組みはまったく不明でした。
ところが今回、東京慈恵会医科大学の研究で、母親から赤ちゃんに感染する「ウイルス」が将来的なうつ病の発症に関係していたことが明らかになったのです。
特にそのウイルスが発現する遺伝子のうちに「うつ病を起こしやすいタイプ」と「うつ病を起こしにくいタイプ」が見つかり、前者を受け継いだ子供はうつ病の発症率が約5倍に跳ね上がっていました。
この発見は、両親から受け継ぐ先天的な遺伝子の他にも、後天的なウイルス感染で親から子にうつ病が遺伝するルートがあることを示す世界初の成果です。
研究の詳細は2024年2月9日付で科学雑誌『iScience』に掲載されています。
目次
謎めいた「うつ遺伝」のメカニズムうつ病に「なりやすい人」と「なりにくい人」がいるのはなぜ?
謎めいた「うつ遺伝」のメカニズム
うつ遺伝のメカニズムはよく分かっていない / Credit: canva
うつ病の発症原因には「体質」と「環境」の2つの因子があり、同じ環境にあっても、うつ病になりやすい人となりにくい人がいます。
そういう人は体質が原因です。
この「うつ病になりやすい体質」は親から子に遺伝することが分かっており、その遺伝率は30〜50%といわれています。
これは高血圧や糖尿病の遺伝率と同程度です。
一方で、うつ病の遺伝については、通常の遺伝(いわゆるメンデルの法則)で知られている、両親から子への先天的な染色体の伝搬では説明できず、うつ遺伝の仕組みはまったくの謎でした。
これまでの研究でも、うつ病の発症に関連する有効な遺伝子はひとつも見つかっていません。
うつ病に関連する原因遺伝子をついに発見!
そんな中、同チームは2020年の研究で、うつ病の発症に関連する原因遺伝子をついに発見しました。
しかもその遺伝子は、ヒトと共生するウイルスである「ヒトヘルペスウイルス6(Human herpesvirus 6:HHV-6)」の中にあったのです。
HHV-6は生後4週間以内の新生児期に主に母親から感染し、初感染時には突発性発疹を起こし、ほぼ100%のヒトのうちに潜伏感染しています。
感染したHHV-6は唾液中に含まれる他、鼻から脳の一部である「嗅球」にも移動して、一生涯にわたり持続的に潜伏するという。
ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)の電子顕微鏡写真 / Credit: ja.wikipedia
そしてチームはHHV-6が生産するタンパク質を特定し、この名前を「SITH-1」と名づけ、これを作り出す遺伝子を「SITH-1遺伝子」と命名しました。
SITH-1の働きを調べたところ、細胞内へのカルシウム流入を促し、細胞の自然死であるアポトーシスを誘導することが判明しています。
さらにマウスの嗅球でSITH-1を発現させた結果、アポトーシスが生じることで脳のストレスが急増し、うつ症状を引き起こすことが分かったのです。
そこでチームは、SITH-1がヒトのうつ病にも関係しているかどうかを明らかにすべく、健常人とうつ患者を比較。
すると、うつ患者では健常人に比べて、SITH-1の発現量が非常に多いことが判明したのです。
このことから、ウイルスが発現するSITH-1遺伝子がうつ病の発症原因のひとつとなることが分かりました。
ちなみに、SITH-1という名前は「ヒトの精神をダークサイドに落とす」という意味合いから、映画『スター・ウォーズ』に登場する「シスの暗黒卿」から命名されたそうです。
では、HHV-6はほぼ全ての人に感染しているのに、うつ病を発症しやすい人と発症しにくい人がいるのはなぜなのでしょう?
チームは今回の研究で、その謎を明らかにしました。
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うつ病に「なりやすい人」と「なりにくい人」がいるのはなぜ?
チームが新たにヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)を詳しく調べた結果、SITH-1遺伝子に「うつ病を起こしやすいタイプ」と「うつ病を起こしにくいタイプ」が存在することが特定されました。
うつ病を引き起しやすいタイプのSITH-1遺伝子は、SITH-1タンパク質が発現しやすい遺伝子変異を持っていたのです。
さらに調査対象としたうつ患者を調べてみると、実に67.9%がこのタイプのSITH-1遺伝子を持つHHV-6に感染していました。
データ分析の結果、このタイプのHHV-6に感染している人は、そうでないタイプのHHV-6に感染している人に比べて、うつ病の発症率が約5倍にまで跳ね上がっていたのです。
このことから、HHV-6に感染していたとしても、うつ病になりやすい体質となりにくい体質があると考えられます。
チームは以上の結果を受けて、うつ遺伝に関するシナリオを次のようにまとめました。
まず、うつ病を起こしやすいHHV-6を持つ親(特に母親)から新生児の子供にそのウイルスが伝染し、子供の体内で一生涯に渡り潜伏。
子供は潜在的にうつ病になりやすい因子を持つことに。
HHV-6は疲労によって増加したり、再活性化することが知られているため、のちの人生で環境ストレスにさらされることでうつ病を発症しやすくなる。
HHV-6を介したうつ遺伝のシナリオ。新生児期にHHV-6に初感染すると「突発性発疹」が見られる。(※図中のR1A≦17がうつを起こしやすいHHV-6を指す) / Credit: 東京慈恵会医科大学 – うつ病になりやすい体質が遺伝する仕組みを世界で初めて解明(2024)
研究者は「これを外側から観察すると、うつ病が親から子に遺伝していると認識できる」と述べています。
実際に、この遺伝の作用について深掘りするため、うつ患者の家族(祖父母、兄弟姉妹、子供)にうつ患者がいるかどうかを調べました。
すると、うつになりにくいHHV-6を持つ患者では家族にうつ患者がいなかったのに対し、うつになりやすいHHV-6を持つ患者では、うつ病歴をもつ家族がいる割合が47.4%もあったのです。
この研究は、うつ遺伝のメカニズムとして、両親から先天的に受け継がれる遺伝的要因とは別に、親から後天的に感染するウイルスがうつ発症の要因になることを示した世界初の成果だといいます。
チームはこれを踏まえて、新生児期に「うつ病を起こしにくいHHV-6」をワクチンとして接種することで将来的なうつリスクを下げられるのではないかと考えています。
まだその方法は確立されていませんが、近い将来、このワクチンがシスを倒すジェダイとなるかもしれません。
参考文献
うつ病になりやすい体質が遺伝する仕組みを世界で初めて解明―メンデル遺伝を覆す新たな遺伝メカニズムの発見―
https://www.jikei.ac.jp/news/press_release_20240213.html
ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)の 潜伏感染遺伝子SITH-1は うつ病を引き起こす(PDF)
https://www.jikei.ac.jp/jikei/finance/sankangaku/sankangaku0_11.pdf
元論文
Identification of a strong genetic risk factor for major depressive disorder in the human virome
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004224004243
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。