量子もつれの伝達速度の限界を解明することに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

マックススピードのお話です。

日本の理化学研究所によって行われた研究により、「量子もつれ」を使った粒子間の情報伝達は加速できるものの、限界速度が存在することが示されました。

この速度限界はリーブ・ロビンソン限界と呼ばれる理論によって制限されており、光速に近いものの、光速を超えないことが示されました。

研究者たちはプレスリリースにて「情報伝達にも自然界の法則による上限が存在している」と述べています。

今回はまず「情報伝達速度の限界値」にかんする不思議な理論を紹介し、次ページ以降で今回の研究成果に迫りたいと思います。

研究内容の詳細は2024年3月21日に『Nature Communications』にて公開されています。

目次

量子世界の情報伝達速度は無限大なのか?量子もつれを使った情報伝達は加速できる情報とは何なのか?

量子世界の情報伝達速度は無限大なのか?

私たちが子供の頃に遊んだ糸電話では「糸を伝わる音の振動」を通じて情報伝達を行います。

作成に必要な道具である紙コップも糸も身近な道具であり、糸電話の原理も古典的な物理学の法則に従っています。

またスマートフホンでの通信も、電波という古典物理の概念を使って情報伝達が行われています。

そのため糸電話やスマートホンの情報伝達速度は、糸を伝わる振動や電波の速度によって限界値が左右されていることは、誰でも知っています。

そして糸電話やスマートホンの情報伝達速度はどう頑張っても光速を超えられないことも、常識と言えるでしょう。

しかし量子世界では粒子は波のように振る舞い、どんなに遠く離れた場所であっても確率的に粒子を検出できる可能性があります。


量子世界では一見すると、情報伝達速度に限界値などなく、無限大になると思えてしまいます。 / Credit:理化学研究所

たとえば宇宙空間で1光秒離れたマトに光子を発射する場合、発射された光子が1秒後に1光年先の空間に存在するといったことも確率で起こり得ます。

そんな奇妙なことが起こり得る量子世界では一見すると、情報伝達速度に限界値などなく、無限大になると思えてしまいます。

しかし1972年、リーブとロビンソンは複数の量子が関係するシステムでは、ある粒子から別の粒子への情報伝達速度は光の速度を超えないことを理論的に示しました。

この上限は、量子テレポーテーションにおいても適用され、発信地点にある粒子から受信地点にある粒子への情報伝達速度を制限します。

 


以下は具体的な手順になりますが、ややこしかったから読み飛ばしてもかまいません。 最初に行うのは量子Bと量子Cをもつれ状態にすることです。 次いでAに操作を行って転送したい情報を入力します。 たとえば量子Aが光子だった場合「就職の内定をもらえたら縦揺れの光、内定をもらえずお祈りメールをもらった場合は横揺れの光となる」といった取り決めを行い、その取り決めに従って通知結果を反映するように量子Aの状態を変化させるのです。 このときAはまだどことも、もつれ状態にはありません。 次にAとBの両方を測定することで、AとCが間接的に結びつけることが可能になります。 このAとBの測定(ベル基底)はAの情報をCに転送するためのキーとして働くからです。 ただこの段階でもAとCが直接的なもつれ状態になっているわけではありません。 最後にAとBの測定結果(キー)にもとづきCを操作することで、Aに入力した情報がCにテレポーテーションされます。 以上のプロセスを実行することで、Aの情報がBとCの間のもつれを利用してCに伝達されることになります。 なにやら狐に包まれたような話ですが、これで本当に量子Aに刻んだ情報が量子Cへ移動するのです。 (※わかりにくければ、量子もつれの仕組みをアレコレ利用して量子から量子へ情報を伝達したと考えて下さい) / Credit:川勝康弘

上の図は複数の量子が存在するシステムにおける量子テレポーテーションの例ですが、2つの量子しか存在しない場合の量子テレポーテーションに比べてかなりややこしくなっています。

なので少しでも話しを簡単にするために、ここではABCという3つの量子があり、量子もつれの仕組みを用いて量子Aから量子Cへ情報を送る場合を考えます。

なおこの3つの量子は全て1と0の状態のように2つの状態の重ね合わせにある量子ビットとしての性質を持ちます。

このときAの量子状態の情報がCに転送される過程において、その情報伝達がどれだけ早く行われるか、という制限速度は「リーブ・ロビンソン限界」と呼ばれています。


リープ・ロビンソン限界 / Credit:理化学研究所

上の図ではもっと沢山の量子がかかわる「リーブ・ロビンソン限界」を視覚的に描いており、中央にある情報の発信源(量子Aに相当)に与えた影響が届く範囲が、光速以下の領域(黄色の円錐内)であることを示しています。


リープ・ロビンソン限界 / Credit:理化学研究所

当初「リーブ・ロビンソン限界」は短距離の場合だけに通用する理論として作られましたが、今では長距離の場合にも当てはまることが示されています。

また最近では、「リーブ・ロビンソン限界」を実験的に再現することにも成功しています。

さらに興味深いことに、理論をあらわす数式を解くと、光の速度を超えて情報伝達が行われた場合、なぜか情報量が指数関数的に失われていくことがわかります。

どうやら私たちの宇宙は、光子の確率的な挙動は許しても、情報を光速の外側に通すのを妨げるかのような仕組みが存在しているようです。

ただリーブ・ロビンソン限界については今も、解明されていない多くの謎が残されています。

その1つがボース粒子と呼ばれる粒子系でのでの情報伝達速度です。

(広告の後にも続きます)

量子もつれを使った情報伝達は加速できる


物質を担当する粒子と、力を担当する粒子 / Credit:名古屋大学

素粒子物理学における最大の成果は、私たちの宇宙には、物質を担当する粒子と、力を担当する粒子が存在することを体系的に示した標準モデルにあります。

上の図はその素粒子の標準モデルをシテしており、物質を担当するフェルミ粒子と物質間でやり取りされる力を担当するボース粒子と呼ばれる2種類の粒子の一覧となっています。

たとえば物質である水素原子核は3個のフェルミ粒子(2個のアップクォークと1個のダウンクォーク)によって構成されており、物質間で働く電磁気力という力の担当はボース粒子である光子となっています。

前ページでは、量子世界では存在確率によって粒子が光速を超えた位置に存在できることから、情報伝達速度は一見すると無限に思えるという話からはじまりました。

ですが今回の研究ではフェルミ粒子とボース粒子が持つ基本的な特性から話がはじまります。

物質を構成するフェルミ粒子は基本的に、空間内の同じ座標に2個同時に設置することはできません。

どんなに頑張って水素原子核を同じ位置に置けないことからも、わかるでしょう。

(※無理に同じ位置になるように無限に圧力をかけ続けると核融合したりブラックホールになったりします)

しかし力を伝える光などのボース粒子の場合、複数の粒子が同じ状態になり、同じ座標に2つ、3つといくらでも重ねて配置することも可能です。

またボース粒子である光子を同じ場所にどんどん重ねていくと、その場のエネルギーがどんどん大きくなっていくことが知られています。

そこで今回の研究ではシミュレーションを行い、ボース粒子の密度を増加させた場合に、情報伝達速度が変化するかどうかを調べてみました。

シミュレートに使われたのは通常型のコンピューターですが、時間を細かく区切ることで量子的な動きを再現しました。

これにより、従来型のコンピューターでも量子もつれの情報伝達速度を高い精度で実行することが可能になります。


Credit:量子もつれの伝達速度限界を解明 . 理化学研究所

すると興味深いことに、ボース粒子の密度と情報伝達速度が比例することが判明しました。

これまでの常識では、ボース粒子系もフェルミ粒子系と同様に、情報は一定の速度で伝達されると考えられていましたが、新たな発見は情報伝達の加速とという以前は考えられなかった現象を明らかにしました。

この発見により、ボース粒子を通じた情報伝達速度を加速させられることが明らかになりました。

しかし、この加速メカニズムを用いても、量子もつれをつかった情報伝達速度が光速以下に留まり続けました。

研究者たちは「これらの結果は、情報伝達速度には自然界の法則によって上限が存在することを意味している」と述べています。