北海道大学が「新しい化学結合」を実証【Nature誌】/Credit:Canva

教科書がまた書き換わるかもしれません。

北海道大学で行われた研究により、新たな化学結合の存在が実証されました。

中学校の理科の教科書では「原子はお互いの電子を1個ずつ出し合い「2個で1セット」となる共有結合を形成する」と教わります。

しかし新たな研究では炭素同士の結合において「電子1個の共有結合」が起きていることが確認されました。

研究者たちはこの新たな化学結合を使えば、これまでにない材料の開発ができると述べています。

しかし研究者たちはいったいどうやって電子1個の共有結合を見つけたのでしょうか?

研究内容の詳細は2024年9月25日に『Nature』にて発表されました。

目次

電子1個の共有結合電子1個の共有結合は結合距離が異常に長かった電子1個の共有結合は吸収する光の波長が異なる

電子1個の共有結合


新たな研究では電子1個の共有結合の存在が実証されました/Credit:Canva

中学の理科では化学結合の一種である共有結合について学びます。

たとえば水素の場合、2つの水素原子がそれぞれの電子を1個ずつ出し合い「2個で1セット」となる共有結合を作ることが知られています。

このときの様子を教科書では「H:H」と表します。

点「・」は電子を現わし、2つのHの間で2個の電子が共有されて結合を起こしていることを示しています。

より簡略化バージョンでは2つの点の部分を棒で表し「H-H」と記述することもあります。


1つずつ電子を出し合い共有結合が成立します/Credit:Canva

中学時代に「電子2個で腕1本」と覚えた人も多いでしょう。

この状態になると水素原子から水素分子に変化し、私たちがH2と呼ぶ馴染みのある状態になります。

一方、炭素の場合は余っている電子が周囲に4個存在しており、炭素を現わす「C」の周りには4個の点「・」が配置されています。


共有されている電子が2個、4個、6個と増えると単結合、二重結合、三重結合と変化します/Credit:Canva

そのため炭素同士が共有結合する場合には、電子対が2つ(電子4個)の二重結合や、電子対が3つ(電子6個)の三重結合などを作ることができます。

有機分子などで炭素が「骨格」と言われているのは、炭素が4対という多数の結合を作れるからだと言えます。

温室効果ガスの代表例として知られる二酸化炭素(CO2)では炭素Cを中心にして左右で酸素Oとの二重共有結合が起きており「O::C::O」あるいは「O=C=O」の状態で存在します。

このように共有結合とは原子と原子の間に「2個で1セット」となる電子の対を作ることで形成されます。

しかし今からおよそ100年前の1931年、ノーベル化学賞受賞者であるポーリングは電子2個ではなく電子1個の共有結合「1電子結合」の概念を提唱しました。

実際、プラスに帯電したH 2 •+(カチオンラジカル)では、水素分子「H:H」から間にある電子が1つ取り除かれていると考えられています。

他にもいくつかの先進的な研究では電子1個の共有結合について同定したとの報告がなされています。

しかし1電子結合は非常に弱い結合であり、それだけを集めて単離することはかなり困難でした。

特に炭素同士の間での1電子結合については結晶学的な証拠が全くありません。

しかし今回、北海道大学の研究者たちは、あえてその困難に挑みました。

研究者たちはどうやって炭素間の1電子結合をみつけたのでしょうか?

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電子1個の共有結合は結合距離が異常に長かった


炭素間の結合数が多いほど原子間の距離が近づきます/Credit:Canva

どうやって電子1個の共有結合(1電子結合)をみつけたのか?

研究者たちはまず観測に使用する化合物にこだわりました。

共有結合に使用される電子が増えて、単結合(電子2個)、二重結合(電子4個)、三重結合(電子6個)となると、炭素間の距離が1.54Å、1.34Å、1.20Åと縮まることが知られています。

そのため、逆に、もし電子1個しかない炭素間の結合を観測したい場合は、炭素間の距離が通常の単結合より長くなる材料を使用すれば、成功率が上がる見込みがありました。

北海道大学では以前の研究で、世界最長の炭素間結合を創出することに成功しています。


電子を1個取り除くと1電子結合が発生しました/Credit:教科書が変わる!?炭素の新しい結合を実証!~弱い結合を活用した未踏材料創出に期待~(理学研究院 准教授 石垣侑祐)

通常の炭素‐炭素の単結合の長さは1.54Åという決まった値をとります。

しかし研究者たちは中央の炭素間結合を強固なシェルで保護する「化合物1(HPE1)」を作ることで、この値を最大で1.806Åまで伸ばすことに成功していました。

化合物1は両側に存在する大きなシェルの立体的な障害のお陰で、中央部の炭素結合の距離が伸びがちになっていたのです。

そこで今回の研究ではこの化合物1に対して1電子酸化を行い、電子を1つ取り除き化合物2を作成し、X線結晶構造解析を行いました。

X線結晶構造解析とは、分子が三次元的に規則正しく並んだ結晶に対してX線を照射し、その飛び散り方(回折像)から結晶中の電子分布を調べる技術です。

通常は電子分布から結晶内の原子の配置を決定しますが、今回は電子分布そのものに着目されました。

すると驚くべきことに、化合物2の中央の炭素間の結合長が2.921Åに達しており、さらにその間には結合電子が存在することが明らかになりました。

2.921Åというと単結合の2倍近い結合長になります。

結合が異常に長い化合物2では電子が2個未満、つまり1個で共有結合を形成していることを意味します。

またラマン分光法などを用いて、炭素間の電子密度を分析したところ、炭素間には電子が1個あるとする結果が得られました。

以上の結果から研究者たちは、化合物2の炭素間共有結合は電子1個で構成されていると結論しました。


電子の出入りによって結合状態が変化しています/Credit:Takuya Shimajiri et al ., Nature (2024)

さらに化合物2に対して逆に電子1個を与えてみたところ、化合物1の状態に復元されることが示されました。

逆に化合物2から電子をさらに1個奪った場合には、炭素間結合が解離することも示されました。

このことは3つの状態を電子の出入りによって行き来させられることを示しています。