技術研究に重要な未来予測の考え方

――こうしてお話しを聞いていると未来予測が研究者にとっていかに重要かってことを感じます。技術研究で成果を出している人たちは非常に未来を予測するのが上手いという印象をいつも受けますが、後藤さんはどうやって先を予想しているんですか? なにか秘訣がありますか?

後藤:技術から発想する場合も多いですが、私はSF小説を読んだり、自分の研究とは関係なくても未来について考えたり人と話したりするのが好きなんです。そういうことをやっていると、「ああこんな未来になるなら、自分の技術がそこに組み合わさってこういう事ができるんじゃないか」って浮かぶことがあります。

――そう聞くと、SF好きの人たちが趣味でやっていることと大きくは変わらない感じがしますね。SF作品を元に自分の面白いと感じる未来を想像して、それを核にその世界で起きそうな問題をテーマにするという。

後藤:未来予想は研究者それぞれで違うでしょうし、そうして予想した未来の誰も解いたことのない問題を解けば、必ず世界初の研究になる。なにか先にやっておけば、後でそれが必要になったときに先駆者として自分たちの名が上がるかもしれない。それは研究者として非常に嬉しいことですし、それに魅力を感じて、より多くの人たちが研究者になってくれると嬉しいです。

これからの未来について

――では最後に後藤さんが考えるこれからの未来について伺って今回の記事を締めようと思います。これまでも未来について色々予想しながら研究を進められてきた後藤さんは、これからの未来についてはどんなことを考えているんですか?

後藤:未来を語るには過去からの流れを振り返るとよいのですが、音楽は、昔から技術と共に発展してきています。今では当たり前のピアノやギターも発明当時は最新技術だったわけです。そんな風に、楽器もスピーカーも制作環境も配信手段も全部技術の力が支えています。つまり音楽という文化は技術の発展の影響を受けていて、その体験も技術とともにどんどん変化している。この変化が未来にも続かないわけがありません。

既に音楽のデジタル化が進んで大規模にクラウドに集積されたわけですが、従来は量的な変化、つまりコンテンツの数が増える変化が中心でした。でも、単にコンテンツを配って価値を生むことはだんだん難しくなっていきます。

私は、音楽のデジタル化がもたらす真の価値は、質的な変化、つまり体験の質が変わる変化だと10年以上前から論文に書いて主張していて、その変化を起こす鍵となるのが音楽理解技術だと考えています。それによって、「コピー不可能な能動的体験」を生むことが新たな価値を創っていきます。

さっき紹介した「リリックビデオ」の未来が「リリックアプリ」だ、というのがまさにその例なのですが、リリックビデオではみんな同じ映像を見ていたのが、リリックアプリでインタラクションを楽しみながら作品に触れると、その人ごとに違うコピー不可能な能動的体験になるわけです。

これが進むと、クリエイター側が最初から多様な体験を与える自由度のあるコンテンツ制作をするようになるかもしれません。

一方、聴いている側もコンテンツを自分好みに変化させるようになっていくかもしれません。今日紹介できなかった他の能動的音楽鑑賞インタフェースの事例では、私たちもいろいろと提案していたりします。

――聴いている側がそうやって好みでいじれるようになると、だんだん鑑賞と創作の境界が曖昧になっていく印象がありますね。

後藤:それが私たちの目指してきた能動的な音楽鑑賞です。ユーザーはただ受け身でコンテンツを消費するだけの存在じゃない。音楽鑑賞もクリエイティブな体験になっていくわけです。

だから私たちのKiiteでは最初から、ユーザーを「リスナー」とは位置づけずに、楽曲を他の人にお勧めする「キュレーター」と位置づけて明記しています。自分が好きな音楽を見つけて、そのプレイリストを作って共有して紹介し合い、さらにそれをみんなと一緒に聴く、という行為は充分にクリエイティブで、未来ではそれも表現や創作のカタチとして当たり前になっていくと思います。

そういう意味でも、さきほど紹介したようにKiite Cafeのファンの人たちが私たちの思いもしなかったすごくクリエイティブな応援をしてくれたことは、一緒に未来を切り拓いている同士のように感じられて、本当に嬉しかったんです。


Kiite Cafe 3周年を祝うユーザーたち。 / Credit:産業技術総合研究所

――創作と鑑賞とコミュニケーションが全部融合して新しい体験になっていく感じがしますね。

後藤:そうやって、人間のクリエイティブな活動と技術の発展の両輪で、音楽の楽しみ方がより能動的で豊かになる質的な変化を起こしていければ、音楽の体験や文化はもっと豊かになっていくはずだと信じています。

今回は技術の力で新しい音楽体験の未来を拓いていく研究者、後藤真孝さんにお話しを伺いました。

非常に多岐にわたる大量の研究成果があり、長いお話しになりましたが、実際のところこれでもまだ全部紹介しきれておらず面白い技術が色々とカットされています。

他にも後藤さんが関わった産総研のサービスに、ニコニコ動画上のオリジナル楽曲の動画が星になり、派生動画がその衛星になって回る星図「Songrium」があります。

Songriumにはニコニコ動画の人気コンテンツがいつの時代にどう盛り上がっていたかを追体験できる「超歴史プレーヤー」という機能もあり、これはニコニコ動画に浸って生きてきたオタクには懐かしく、配信者の話すニコニコネタが分からないと嘆く最近の若い人には非常に便利な楽しいコンテンツです。ぜひこれも機会があれば触って見て欲しいと思います。

Kiiteなどのサービスも含め、後藤さんたちが取り組んでいるのは、コンテンツとの出会いであり、私たちを幸せにする新しい体験です。

これらの技術は人々に体験してもらって初めて価値を生むものです。ぜひこの機会に後藤さんたちが公開しているサービスに触れて楽しんでもらえたら幸いです。

最後に、今回の記事で紹介した技術やサービスは、後藤さんをはじめ様々な研究者やエンジニア、関係者の方々の貢献によって達成された成果です。その方たちのクレジットを記載させていただきます。


Credit:産業技術総合研究所

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Masataka Goto: A Chorus Section Detection Method for Musical Audio Signals and Its Application to a Music Listening Station, IEEE Transactions on Audio, Speech, and Language Processing, Vol.14, No.5, pp.1783-1794, September 2006.

 

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Masahiro Hamasaki, Masataka Goto, and Tomoyasu Nakano: Songrium: A Music Browsing Assistance Service with Interactive Visualization and Exploration of a Web of Music, Proceedings of the 23rd International World Wide Web Conference (WWW 2014), pp.523-528, April 2014. (Web Science Track: Full Paper)

 

[能動的音楽鑑賞インタフェース]

Masataka Goto: Active Music Listening Interfaces Based on Signal Processing, Proceedings of the 2007 IEEE International Conference on Acoustics, Speech, and Signal Processing (IEEE ICASSP 2007), pp.IV-1441-1444, April 2007.
Masataka Goto and Roger B. Dannenberg: Music Interfaces Based on Automatic Music Signal Analysis: New Ways to Create and Listen to Music, IEEE Signal Processing Magazine, Vol.36, No.1, pp.74-81, January 2019.

 

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