一気に涼しくなったから鍋が食べたくなったでござる。ただ、1人だと、鍋系料理は何かと億劫だ。洗い物も大きいし、食材も余る。都会の1人暮らしには向かない料理と言えるだろう。
でも鍋が食べたい。そんな時ってあるじゃない? なんか簡単に鍋ができないかなあ。そう思いながら部屋を見回したところ炊飯器が目に飛び込んできた。
・やれんのか
お前、やれんのか? 炊いてるってことはひょっとして鍋もやれんのか? それくらいの軽い気持ちで具材を買ってきた。
具材を切るのも面倒くさいので、購入したのはすでに切れてる鍋野菜のパックと牛肉。スーパーですき焼きのスープが目についたため、鍋の内容はすき焼きにすることにした。流れるままに深く考えずに決めていく。
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・そのままドーン
考えて何かを決めるというのは結構しんどい。それが単なる昼ご飯の献立であっても、そういうのがしっかりできない時もある。時には放棄することも大切。というわけで、野菜パックの中身をそのまま炊飯器にドーン!
何かを得るためにはまず捨てる必要がある。『鋼の錬金術師』のアルフォンスもこう言ってる。「人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。何かを得るためにはそれと同等の代価が必要になる。それが錬金術における等価交換の原則だ」と。そんなわけで、牛肉もそのまま炊飯器にドーン!
そう、これは料理ではない。考えることを犠牲にしてすき焼きを生み出す錬金術だ。不自由である事と不幸である事はイコールじゃない。すなわち、スープパックもそのまま全部ドーン!
炊飯ボタンぽちーッ!
これで調理は完了。そして、完了してから思ったが、これ、ちゃんと炊けるのだろうか? ご飯炊いてる時は水がなくなってるし、割下もなくなったりしないのだろうか。
仮に割下がなくなっても味さえ染みていればいいのだが、ちゃんとすき焼きの味になるのかは不明である。考え始めるとキリがない。キリがないことは考えないとして、とりあえず炊き上げが終わった。