「Trip」「WALK」が映す“変革”の時代
前述した、CHAGE and ASKAで初めてイギリスの音楽家たちと制作したアルバム『ENERGY』で先行シングルに選ばれたのが「Trip」(1988) だ。
冒頭のASKAの雄叫びのような絶唱に始まり、都会的なスムースさとニューウェイヴ方面に通じる妖しさを織り交ぜたアレンジは、例えば当時の井上陽水が試みていたブライアン・フェリー的なアレンジにも通じるが、特有の入り組んだコードワークやダイナミックさが加わることで無二の領域まで昇華されている。
なお、他の彼らのCHAGE and ASKA作品でも見受けられるように、この曲はシングル版、アルバム収録版、その後のベストアルバム収録版のいずれもバージョンが異なる。
なかでも『ENERGY』収録版のアレンジは特筆もので、本編ラストのコーラスから高速のラテン調のビートが立ち現れ、ASKAのスキャットが乱舞する──という圧巻の内容だ。
一見唐突なようでいて、聴き手を強烈に惹きつけるドラマティックな魅力〜説得力に満ちた、こうした“攻め”のアレンジを採用できるところにも、当時の彼らの好調ぶりが伺い知れる。
当時、光GENJIのプロデュースワークで知名度を高めていたことを思うと、あえてその裏をかくような挑戦的なリリース内容にも驚かされる。
このアーティスティックな方向性のひとつの頂点が「WALK」(1989) だ。
のちに「SAY YES」後の時代にリリースされた『SUPER BEST II』(1992) から再シングルカットされ、初出時を上回るオリコン3位を記録したことで、より多くの方に知られることとなった本曲。
アンビエントを思わせる深いリバーブの効いた音像の中で、当時としては極めてスローなテンポ感でASKAが美しい声の伸びを聴かせる。
そこから太いビートが入り、意表を突く「La la la…」のハイトーンコーラスを経て、ダイナミックなブリッジから印象的なサビへと流れ込む。
単純にバラードと呼ぶにはロック的な力強いドラムが目立ちが強く、かといってパワーバラードと呼ぶには繊細かつ複雑な(マニアックで珍しい)アレンジが施され、それでいて多くの人々の心を打つ真っ直ぐなメッセージも持ち合わせている。
こうした唯一無二のバランス感覚こそ、彼らが時代に埋もれることなく語り継がれてきた所以だろう。
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安住を拒むように挑戦を続けた
このフェーズを経たCHAGE and ASKAは、前述したUK録音の『SEE YA』からASKA流の魔術的コード×メロディーの真骨頂である「DO YA DO」、そしてメガヒット期への布石となる永遠の名曲「太陽と埃の中で」を経て、「SAY YES」以降の時代へと突入していく。
その後の活躍は多くの方が知る通りだが、そうしたなかでも静謐なアレンジと渦巻くようなコード進行を織り交ぜた「river」(1996) など、彼らの音楽的冒険は留まるところを知らない。
初のセルフプロデュース作『NO DOUBT』(1999) ではまさかの挑発的なインダストリアル・ロック「higher ground」や、アンニュイなダウンテンポ/トリップホップ「熱帯魚」を生み出すなど、彼らは2009年の無期限活動休止に至るまで、安住を拒むように音楽性を拡張し続けた。
また、本稿では「Trip」以前の音楽性には触れていないが、例えば、2010年以降のアンビエントR&Bと共振するような「オンリー・ロンリー」(1985) や「Key word」(アルバム『TURNING POINT』(1986) 収録)、「WALK」と並んでプログレッシヴな「風のライオン」(アルバム『RHAPSODY』(1988) 収録) といった楽曲の存在も見逃せないだろう。
今回のサブスク解禁により、彼らの唯一無二の音楽性やキャリアが、少しでも多くの音楽ファンに知られていくことを願いたい。
文/TOMC